「……どうして?」

 堪らなくなって、青嵐を見上げる。

「どうして、ここに住まなきゃいけないの。わたし、おうちに帰りたい」

 また叩かれるかと思ったが、青嵐はじっとこちらを見つめるだけで、何も言わなかった。

 以前、父母と墨子をにこやかに出迎えてくれた神官達も、視線をやると、無言のまま顔を逸らしてしまう。

 沈黙に耐え切れず、墨子は言い募った。

「か、帰ったら駄目って言うのなら、いいよ。わたし、我慢できる。きっといい子にできるから、だからお願い。せめて、お父さまとお母さまに会わせて……」

 小さく呟くと同時に、とうとう涙がこぼれる。

 墨子を険しい顔で見下ろしていた青嵐の頬が、ひくりと震えた。

「……そんなに言うのなら、会わせてやろう」

 おいで、と言った青嵐は、墨子の手をしっかりと握りしめたまま、歩きだした。

 迷いの無い足取りで、墓所の中を進んでいく。

 周囲には夏草が生い茂っていたが、先祖の墓は綺麗に掃き清められ、きちんと花が供えられていた。立派な百合の花に囲まれた墓所は、一見しただけでよく人の手が入っていると分かる。

 だが、青嵐に手を引かれてたどり着いた所は、他と明らかに様子が異なっていた。

 墓石があるのは同じだ。

 それなのに、何の花も供えられていない。

 土の匂いが濃くしていて、まだ、出来たばかりの墓であると分かった。

 灰色の墓石と、その周囲の土盛だけが黒々としていて、草さえも生えることを避けているかのような、濃厚な死の気配が取り巻いている。

 ――まるで、そこだけ色を失ったかのような墓が二基。

 その前で、青嵐は足を止めた。

「さあ、挨拶するんだ」

「え?」

 青嵐の声に、墨子は弾かれたように顔を上げた。

「お前の、お父さんとお母さんだ」

 そんな、と耐え切れずに悲鳴を上げた。

「死んだんだよ――流行り病で」

「ごびょうき? そんなの嘘よ!」

「嘘じゃない」

 最後に会った時、母は元気に笑っていた。昼に、葛餅を一緒に食べようと約束していたのだ。いつも通りの朝で、何も不穏なことなんてなかった。

2024.07.04(木)