唖然とする撫子に見送られて、墨子は愉快な心持ちで外へと出る。

 撫子は、可愛い義妹(いもうと)だ。

 彼女の未来に幸せがあればいいと心から願っているが、あの子が思い描いている未来は、きっと来ない。

 ――私が、そうはさせない。

 ふと、中央山(ちゅうおうざん)の方を見る。

 桜花宮には、見事な花見台があり、すばらしい桜の景観があると聞く。

 だが、墨子にとっては、あれからどんなに見事な桜を見ても、若宮が咲かせた一枝の桜を越えて、美しいと思えるものはなかった。

 今までがそうだったように、きっと、これからもそうだろう。

 自分が、若宮の后になる気は毛頭ない。だが、ぼんくらのうらなり瓢箪に代わって、あの男の妻となるにふさわしい者を、見定めてやらなければならない。

 叶うならばそれが、あの一枝の恩返しになればいいと、墨子は心から願っている。


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2024.07.04(木)