南家に呼び戻される日の、前の晩のことだ。

 青嵐に、話があると呼び出された。

 毎日のように手を合わせた神像の前で、墨子は青嵐と向かい合った。

「こうして、ゆっくり話すのは、いつぶりかね」

「いつぶりじゃない。きっと、これが初めてのことだよ」

 はっきりと言ってやれば、ああ、そうだったか、と青嵐は溜息をついた。

「……思えば、色々と、お前には辛い思いをさせちまった」

 悪かったね、と言った青嵐は、以前よりも、ずっと老けて見えた。

「いきなりどうしたんだ、あんたらしくもない」

 思えば、最初に会った頃の青嵐は、老婆というには若過ぎた。今になり、彼女がどういった経緯で自分の監視役になったのか、ふと興味が湧いた。

 思うままに質問すれば、青嵐はわずかに苦笑した。

「今言っても、お前はもう考えなしに突っ込むことはないだろうから、言っちまおう。アタシはね、お前の両親は――はめられたのかもしれないと、思っている」

 それを聞く墨子の中に、もはや、動揺は生まれなかった。

「聞こう」

 青嵐は、墨子の目を見て軽く頷いた。

「耳が痛いかもしれないが、お前のお父さんとお母さんは、南家の頂点にいるということで、明らかに調子に乗っていた」

 南家の末席の、下働きをしている青嵐にすらそう見えたのだ。当然、周囲の貴族連中にとって、その振る舞いは耐え難く感じられただろう、と言う。

「だからきっと、切っ掛けは何でも良かったんだ」

 青嵐は、ぽつりと呟く。

「南家系列の宮烏達は、こじつけでもなんでも、お前の両親を排斥する理由が欲しかったんだろう。弟宮の母親が死んだ件に、実際、お前の母さんがどう関わっていたかなんて、アタシには分からない。けど、あの子は人殺しなんて大それたことが出来る子じゃなかった。アタシにとっては、それだけが真実だ」

 しかし、疑われたのは、疑うように仕向けられたのは、墨子の母、夕虹だった。

 この頃には、母の一門もその立場に乗じて、大きな顔をするようになっていた。

2024.07.04(木)