Ⓒ阿部智里/文藝春秋/NHK・NEP・ぴえろ
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現在毎週土曜日23:45~NHK総合で放送中のアニメ『烏は主を選ばない』は、第13話で原作『烏に単は似合わない』と『烏は主を選ばない』のクライマックスを迎えました。そこで明かされた浜木綿の過去を描いた作品が、阿部智里さんの原作「八咫烏シリーズ」の外伝「すみのさくら」(『烏百花 蛍の章』所収)です。

「八咫烏シリーズ」外伝には、本編に登場する多彩な八咫烏たちひとりひとりを照射した、魅力的な短編がずらりと並んでいます。作品をさらに奥深く味わっていただくために、本外伝「すみのさくら」の全文を特別公開! 7月1日から7月31日までに期限限定になりますので、ぜひこの機会にどうぞお愉しみください。


八咫烏シリーズ 外伝
「すみのさくら」
阿部智里

「参りましたよ」

 女房の言葉に撫子(なでしこ)が顔を上げると、さっと御簾が巻き上げられた。

 その向こうには、ゆっくりと透廊(すきろう)をゆく、女の一団がある。

 行列の中心を歩むのは、撫子の義理の姉である。

 一歩一歩を歩むごとに、宝冠から垂れる翡翠(ひすい)が、玲瓏(れいろう)な音を奏でている。

 彼女の肌はただやたらに白いのではなく、外界渡来の象牙のような、しっとりと濡れた質感をしていた。鮮やかな黒髪が垂れている下にあるのは、これ以上ないほどに見事な女房装束だ。

 菖蒲を中心に四季の花が縫い取られた深い瑠璃色の唐衣の下は、きっぱりと潔い裏山吹である。純白から先へゆくにしたがって濃い藍色に変化する裳、その引腰の紅はなまめかしく、腕には、やわらかに透けた領巾(ひれ)をかけている。

 彼女は今日、日嗣(ひつぎ)御子(みこ)――若宮(わかみや)殿下の(きさき)候補として、桜花宮(おうかぐう)へと登殿(とうでん)する。

 姉は登殿に際し、浜木綿(はまゆう)(きみ)の仮名を与えられた。血筋では撫子の従姉にあたる女であり、実父は、この南家(なんけ)の先代の当主であった。だが、金烏宗家(きんうそうけ)に対し看過し得ない過ちを犯したとかで、ついには妻もろとも秘密裏に処刑されたと聞く。

2024.07.04(木)