「浜木綿」

 思わず、声を掛けていた。

 しずしずと行く一団は足を止め、浜木綿が小さくこちらに顔を向ける。

「撫子さま」

 わたくしに何用でございましょう、と丁寧に問う。

 姫様、とうろたえる女房を押し留めて透廊へと出れば、さっと女達が道を空け、浜木綿と真正面から相対することになった。

 こんなに近付いても、浜木綿は頑なに、目を合わせようとはしなかった。

「この度の登殿、まことにめでたきこと。わたくしからもお祝い申し上げます」

 半ば、励ますような気持ちで声を掛けると、浜木綿はハッと顔を上げた。

「卑屈にならず、つよい心持ちでお行きになってください。いかなることがあっても、南家の宮烏としての誇りをお忘れなきよう」

 どうかつつがなくお過ごしあれと、そう言った撫子と浜木綿の視線が、しっかりと交わった。

 まじまじと見つめあう。

 姉の黒い瞳が、青い光を帯びるほどに澄んだ色をしていることを、撫子はこの時、初めて知った。

 そしてふと――浜木綿の目がぐにゃりと、三日月を描いた。

 それは、間違ってもにこりなどという健全な笑みではなかった。

 彼女は、まるで悪い遊びを覚えた子どものように、にやり、と笑ったのだ。

「――お心遣い、痛み入る」

 そう返した声は、それまでにはない張りと若々しさに満ち溢れ、どう聞いても『不敵』としか言いようのない、強烈なえぐみを含んでいた。

「んじゃ、お前も達者でな」

 ひらりと片手を上げると、宮烏とは思えない気軽さで、浜木綿は撫子の脇を通り過ぎようとする。

 撫子だけでなく、このやり取りを聞いていた女達は、いずれもあっけに取られていた。

「お待ち!」

 一番に我に返ったのは、浜木綿付きの女房、苧麻(からむし)だ。

「撫子さまに向かい、何という口の利きようだ。さんざん教え込んだというに、貴族の礼をもう忘れたか」

 それとも何か、と問う苧麻の口調はひどく苦々しい。

「まさか、若宮の妻になりさえすれば、撫子さまより上の立場になれるとでも思っているのではあるまいな……?」

2024.07.04(木)