嬲るような言いように、浜木綿はあからさまに眉をひそめた。

「とんでもない。最初から、撫子とアタシ(・・・)の関係に、上下があるなどとは思っちゃいないよ」

 ならば、と言いかけた苧麻を、しかし浜木綿は鋭い眼光で睨み据える。

「だが、お前とアタシの間には、上下の礼が必要だ」

 一体、誰のおかげで南家の登殿が叶ったと思っている。これからは、自分の立場をわきまえることだね、と。

 嘲笑うように言われ、苧麻は絶句した。

 それを鼻で笑うと、浜木綿は立ち竦む一行に背を向け、颯爽と歩み始めた。

 ――あの豹変のしようは、何だ。

 撫子は呆然としていた。

 せめて、自分は優しくしてあげようと思っただけなのに、まさか、あんな態度を取られるとは思わなかった。登殿することで調子に乗ったのだとしても、この突然の変化は明らかに異様である。

 こちらを一顧だにせずに、ぴんと姿勢を伸ばして歩む、美しい女の背中。

 浜木綿は一体、何を考えているのだろう?

*     *     *

 墨子(すみこ)の一番古い記憶には、琵琶の音がしている。

 にこにこと笑いながら、楽器を奏でる母の姿。そして、母と同じように笑いながら、墨子を抱っこして琵琶の音を聞く、父の姿。

 涼しい四阿(あずまや)の外には光があふれ、花々がまぶしく輝いていた。

 父も母もとても嬉しそうで、墨子自身、とてもとても楽しかった。だからこそ、最も幸せな記憶として、いつまでもその光景だけは心に焼き付いているのだ。

 そこは、父が母のために造らせた庭園だった。

 当主の奥方が美しい花を好むと知った商人たちが、競って珍しい花を届けてくれたので、華音亭(かおんてい)と名付けられたそこには、いつも何かしらの季節の花が咲き乱れていた。

 枝がしなるほどにたくさんの花を付けた、薄紅の桃。

 夜明けの空のような薄紫をした、八重咲きの朝顔。

 墨子の顔より大きく、まん丸な金色の菊。

 とろりと濃厚な、黒く見えるほどに濃い赤の椿。

2024.07.04(木)