「嘘、嘘。青嵐は、嘘ばっかり言う!」
青嵐の嘘つき、と叫ばずにはいられなかった。
「アタシが嘘つきだったとしても、お前の両親が死んだのは、紛れも無い事実だ」
青嵐は墨子の癇癪に取り合わず、「現実を受け入れるんだね」と静かに言い切った。
「お前には、諦めるほかに選択肢はないんだ。分かったのなら、寺に戻るよ」
再び引っ張ろうとする手を強く振り払う。墨子が睨み上げると、青嵐は嘆息した。
「ああ、もう、分かった。気が済むまで、勝手にしな」
そう言い捨てて、伽藍の方へと歩いていく。
青嵐の背中から目を外し、墨子はひとり、二基の墓に向かい合った。
よろよろと墓石に歩み寄り、そこに、父母の名前があることに気付いてしまえば、もう、我慢は出来なかった。
悲鳴を上げ、泣きじゃくる墨子に、誰も声をかけてくれることはなかった。
何もかも、おかしいことが多過ぎた。
父母が突然病死したことも、自分が屋敷から連れ出されたことも、納得出来るはずがない。まだ、南家の屋敷で両親が生きているように思えてならず、何度か寺を抜け出そうとしたが、その度に青嵐に連れ戻され、厳しく折檻された。
結局、墨子は青嵐の言いなりになるしかなく、あの女は何かを隠している、という疑念だけが、ひたすら大きくなっていった。
しぶしぶ生活を共にすることになった子ども達は、皆、孤児であった。
身寄りのない少年少女は、毎日、神官達にまじって勤行し、墓の手入れをすることによって、この寺で最低限の衣食住を得ているのだと教えられた。
墨子はそんな孤児の中のひとりとして、墨丸という名を与えられたのだった。
戸籍上の性は、男とされた。
周囲には当然女だと気付かれていただろうが、神官達に何か言い含められでもしていたのか、子ども達が必要以上に墨子に関わってくることはなかった。
それが、墨子にはありがたかった。山烏の子ども達はみな一様に日焼けしていて、目はらんらんと輝き、それだけで別の生き物のようで、どうしても慣れなかったのだ。
2024.07.04(木)