毎朝、彼らに混じって講堂で山神(やまがみ)にむかって手を合わせ、一通りの祝詞(のりと)を聞いてから、寺中の掃除を行う。道具一式を持って墓石を磨く者、供える花を山に採りに行く者、食事の支度をする者、やることはさまざまだ。

 ある時、墨子は花摘みに参加させられた。

 ひときわ大きな山百合を見つけ、それを両親の墓に持って行こうとした時、一緒に花を摘んでいた子達から止められてしまった。

「墨丸。あそこに花を置いては駄目だよ」

 声をかけて来たのは、子ども達の中でも年長の少女だった。

「どうして?」

「あのお墓は、前の南家当主さまのお墓だもん」

「……前の当主さまのお墓だったら、どうしてお花を供えてはいけないの」

 あんた知らないの、と知ったかぶった少女達が次々に(くちばし)を挟んできた。

「教えてあげようか」

「本当はね、前の当主さまが、病気だったなんて嘘なんだ」

 おおげさに周囲を見回して、少女の一人が墨子に耳打ちする。

「殺されちゃったの」

 墨子は息を吞んだ。

「――誰に?」

「それは言えない」

「怒られちゃうもんね」

 さんざめく少女達に、墨子は両手を合わせた。

「お願い。誰にも言わないから」

「ほんとう?」

「ないしょだよ」

 とおるさま、と風のような囁きが耳をくすぐる。

 とおる?

「それって――」

「今の、当主さまだよ」

 少女達が、顔を見合わせる。

「前の当主さまの弟だったのに、お兄ちゃんを殺しちゃったんだって」

「おっかないよねえ」

「とおるさまにばれたら、この寺もハンイ(・・・)を持っていると思われるから」

 だから、あのお墓にお花は供えちゃいけないの、と。

 その後も少女達は何かを言っていたようだったが、もう、墨子の耳には何一つ届かなかった。

 とおる――(とおる)

 その名前は、知っている。何度も会ったことがある。

 墨子の、叔父だ。

 胸が、早鐘を打っている。

 ぱちぱちと音を立てて、分からなかったことが一気に見えていくような気がした。

2024.07.04(木)