「墨丸」
「そうだ。おれは、君と、もっと話がしたい」
また会えるだろうか、と問うと、弟宮は真面目くさった顔で頷いた。
「もちろん。あなたが、それを望むのならば」
その翌日、上皇は南家の本邸へと去って行った。
墓参りは、どうやら口実であったらしい。真の目的は、何やら南家当主と面談をすることにあったようで、以来、皇子二人を連れて、上皇は度々南領を訪れるようになった。
出来る限り、墨子は弟宮に会いに行きたかった。そうするためには、いちいち徒歩で南家本邸に向かうことは不可能だ。
墨子は恥を忍んで、飛び方を教えて欲しいと、初めて寺の子ども達に自分から話しかけた。
意外だったことに、彼らは屈託なく――むしろ嬉しそうに、墨子に鳥形への転身の仕方と、上手い飛び方を教えてくれた。
中には、真正面から「今までお高くとまってやがったくせに」と噛み付いてくる者もいた。
だが、罵りあいでもちゃんと言葉を交わすようになった後の方が、彼らとの距離はずっと縮まったのだ。
初めて、己の翼で飛んだ空は、青く澄んで、広かった。
そして、無事に着地した墨子を、歓声を上げて出迎えた子ども達の笑顔は、あまりに輝かしかった。
良かったねえ、と本当に嬉しそうに少女に微笑まれ、それまで憎まれ口を叩いていた少年が、お祝いにと夕飯のおかずを一品多くくれたその夜、墨子はようやく、彼らの仲間となったのだった。
そうして、墨子は弟宮が南領にやって来る度に、彼と会うようになった。
慶勝院にまでやって来る場合は待てば良かったが、南家本邸に逗留する際は、墨子から進んで会いに向かわなければならない。初めて己の翼で南家本邸を訪ねた時には、徒歩だとあんなに大変だった行程が、こんなにも簡単に来られてしまうものなのかと拍子抜けした。
弟宮は、南家本邸にやって来ると、必ず屋敷の中で三番目に大きな離れへと通される。そこには、築地塀を跨ぎ越すようにして百日紅が生えていたので、墨子は木登りをして忍び込むようになった。
2024.07.04(木)