月光を弾いた花びらが、春の息吹を冬の墓にもたらしたのだ。
その光景を前に、ただあっけに取られていた墨子は、ふと、弟宮の顔を伝うものに気付いた。
――彼は、泣いていた。
こいつは、わたしの両親の死を悼んでいる。
どうして、と、頭を殴られたような衝撃が走った。
「ねえ」
衝動のまま木陰から飛び出て声をかけると、美しい少年は、驚いた顔で墨子を振り返った。
「どうして、この墓に花をそなえる」
「昼間来た時、ここだけ、何も置かれていなかったから……」
どうしても気になって、と。
その、あまりに吞気な言い分に、理不尽な怒りがひらめいた。
「馬鹿。これは、あなたのお母さまを、殺した者の墓だ!」
「それは、知っている」
あっけらかんと言い切った弟宮に、墨子の頭の中は真っ白になった。
「知っている……?」
「ああ。おじいさまに聞いた」
ならばどうして、という声は言葉にならない。しかし、そんな様子に、何を言いたいのかを悟ったらしい。
弟宮は、静かに瞬いた。
「母を殺したということが、その者の死を、悲しんではいけない理由になるのか?」
心底不思議そうに言われて、墨子は絶句した。
分からない。この少年の言うことが、何一つ墨子には分からない。
だが、弟宮は墨子の困惑に気付くことなく、ひたすら悲しそうに墓を見やった。
「母上も、ここに眠る人たちも、私は、死なないで欲しかった……」
頭がうまく働かないまま、ふと、自分以外で父母のために泣いてくれたのは、こいつが初めてかもしれないと思った。
遠くで、弟宮がいないことに気付いた侍従たちが、駆けつけてくる音が聞こえる。
「そろそろ戻らねば」
そう言った弟宮は、その、そこだけ生気にあふれた、きらきらした瞳を墨子に向けた。
「君の名前は?」
「わたしは――」
何も考えないまま答えそうになり、はたと、自分の立場を自覚する。
「おれは、墨丸だ」
初めて、墨丸と自ら名乗った瞬間だった。ぶっきらぼうに、男に見えるようにと意識もした。
2024.07.04(木)