だが、両親が、墨子自身が「いなくなればいいのに」と思っていた、弟宮を本当に害そうとして、その罰として殺されたのだということは伝わった。
――なあに、心配はいらないさ。弟宮なんか、その気になればどうとでもなる。
そう言ったのは、父だ。
――あの女が後宮を制した気になっているのも、今だけのことよ。
朗らかに言って、こちらに笑いかけたのは、母だった。
――墨子が、入内さえすれば――
ああ!
気付きたくなどなかった。
何気なく言っていた言葉の意味が、こうなってみて、初めて分かるなんて。
「本当は、お父さまと、お母さまが、『悪い奴』だったの?」
震える声で尋ねると、一瞬だけ、青嵐の手が止まった。
「……さあね」
アタシには、難しいことは何も分からないよ、と、そう言い添えたのが、青嵐の優しさだったのか、どうか。
わたしのために、お父さまも、お母さまも悪いことをした。
わたしのせいだ――全部、わたしの。
青嵐と共に慶勝院に戻って以来、墨子は勤行にも、寺の手伝いにも参加しなくなった。
ただ、父母の墓の傍で、ぼんやりと膝を抱える日々だ。
墓石だけが立派で、墨を流したように彩りがない、灰色の墓。
病で死んだということにはなっているが、神官達は、どういった経緯で彼らが死んだかを知っている。だから、墓守人のくせに、父母の墓には誰も手を合わせないのだ。
墨子が手ずから摘み、供えた花も、いつの間にか除けられてしまう。
殺風景な墓に、ただ、墨子だけが通い続けた。
そんな、ある日のことだった。
すっかり木々の葉が落ち、吹きつける風が冷たくなった頃、慶勝院がにわかに騒がしくなった。
上皇がやって来たのだ。
上皇の母は南家の出身であり、生前に親しかった親族の、墓参りに来るのだという。
それだけならば、別にどうでも良かった。墨子が震え上がったのは、その墓参りに、兄宮と弟宮もやって来ると聞いたからだ。
弟宮は、もともと上皇のもとで養育されるはずであった。だが、体が弱かったせいで母君が手元から離すのを嫌がり、例外的に女屋敷で育てられたのだった。その母君が亡くなったことを受けて、ようやく慣例通り、上皇のもとに引き取られたと聞く。
2024.07.04(木)