――嘘を言っているようには見えなかった。

「では、どうして……」

「どうして、お前の父と母が死んだのか?」

 あれは、あの二人の自業自得だ、と融は答える。

「お前の父と母が死んだのは、若宮と、その母を殺そうとした報いを受けたからだ」

 墨子は声をなくした。

「私はむしろ、巻き添えになりそうだったお前を助けてやった恩人だぞ。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはない」

 言われている意味が分からない。

 ぼんやりとする墨子に溜息をつき、融は不意に声を張った。

「逆恨みされてはかなわん。よくよく言って聞かせろ」

 その言葉は、墨子に投げかけられたものではなかった。

 叔父の声を受けて、その背後からもうひとり、墨子の見知った顔が現れた。

「この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

 深々と頭を下げた青嵐に、構わん、と融は静かに言い返したのだった。

「怪我をしているようだ。手当てして、さっさと連れて帰るがいい」

 青嵐は、墨子が寺を抜け出したことを咎めなかった。

 邸の一室で傷の手当てをし、刈り取った蘆薈(ろかい)の汁を、蚋に食われた手足に塗りこみながら、ただ静かに語って聞かせた。

「お前の二親は、お前を長束彦殿下の妻にしたいがために、焦り過ぎたのさ」

 父は、誰にはばかることなく宗家に不敬の念を顕にし、南家の当主としてあるまじきことに、強引な手段での若宮廃嫡(はいちゃく)を目論んでいた。そして母は、後宮の貴人達を軽んじ、挙句の果てに、弟宮の母親を殺害しようとしたのだという。

「お前の母が毒となる香を贈り、その結果、弟宮の母は死んだ。これが公になれば、南家そのものの存続すら危うくなる。だから、南家を守るため、秘密裏に粛清されたんだ。流行り病ということで名誉が守られただけ、まだマシと思うべきかね」

 お前も生き残ったことだしな、と淡々と青嵐は言う。

「せっかく助かった命だ。せいぜい、長生き出来るよう、賢くなることだね」

 正直なところ、青嵐の言葉の意味を、墨子は正確に理解出来たわけではなかった。

2024.07.04(木)