一目貴人を見ようと、鈴なりになった子ども達の後ろから、墨子はそっと一行の様子を窺った。

 上皇と思しき男は後ろ姿しか分からなかったが、二人連れ立った、十歳くらいの賢そうな面持ちの兄宮と、とびきり綺麗な顔をした、墨子と同年代くらいの弟宮は見ることが出来た。

 兄宮・長束彦のことは当然知っているが、自分が嫁入りするはずだった相手だということが、今となっては信じられない。きっちりと豪華な紫の衣をまとうその姿は、もう別の世界の住人に見えた。

 一方、弟宮のほうは、いかにも宮烏といった感じの長束彦とは、いささか異なった雰囲気をしている。

 兄と同様、立派な衣を身につけているが、細い体にはいかにも重そうで、どうにもさまになっていない。見ているこちらが心配になるくらい青白い顔色で、どことなく生気がなく、唯一、よく動く瞳の光だけが、生きている証のようである。

 兄宮はひたすらに弟を気にかけているようだったが、当の弟宮は、興味深そうにあちらこちらを見回している。

 一瞬、墨子とも目があったような気がしたが、兄宮に促されるまま、講堂の中へと入って行ってしまった。

 ――貴人の墓参りは、恙無(つつがな)く終わった。

 上皇の用意した供え物のせいで、かつてなく墓所は華やいでいたが、やはり、墓所の外れにある墨子の両親の墓にだけは、何も供えられることはなかった。

 上皇の隣で手を合わせている弟宮の、母親を殺した罪人の墓なのだから、それも当然である。

 その晩のことだ。

 いつものように、墨子は両親の墓参りに出向いた。

 どうしても寂しい墓の様子が受け入れがたくて、せめて、夕餉の席で上皇からの土産として配られた飴を、供えてやろうと思ったのだ。

 未だに騒がしい寝間からそっと抜け出し、冷え冷えとした墓所を抜け、墨色の二基へと向かう。

 だが、そこには先客がいた。

 いまだかつてないことに驚いた墨子は、それが誰かを認め、全身の血が凍りつく思いがした。

2024.07.04(木)