この上の廊下は、毎日行き来したのだ。迷うはずもなく、寝殿に面した中庭へと向かった。

 急く心を抑えるように、台盤所(だいばんどころ)の下をじわじわと進み、長い時間をかけて、やっと寝殿へとたどり着いた。

 はあ、と息を吐き、懐にしまっていた包丁を取り出す。

 これでいい。ここで様子をうかがい、叔父の姿を確認したら、一気に刺してやるのだ。

 高欄の下からわずかに顔を出し、中を覗こうとした、その時だった。

「それで、私を殺すつもりなのか?」

 飛び上がった。

 慌てて見上げれば、(ひさし)を隔てた向こう、(しとみ)の上からこちらを覗き込むようにして、一人の男がそこに立っていた。

 何十回、何百回も思い描いていたその顔が、薄闇の中に浮かび上がっている。

 ――憎き叔父、その人だった。

「お父さまと、お母さまのかたき!」

 叫び、包丁を振りかざしてから、しまったと思った。

 思いのほか、高欄が高かったのだ。

 渾身の力をこめて飛び上がるも、全く届かない。

 慌てて左右を見たが、近くに(きざはし)はない。仕方なく、包丁を庇に置いてから、高欄に手をかけてよじ登ろうとしていると、叔父は悠々とこちらに近付き、四苦八苦している墨子の武器を取り上げてしまった。

「ああっ!」

 思わず片手を離した瞬間、ずるずると、高欄からずり落ちてしまう。

 とすん、と軽い音を立ててお尻が地面について呆然としていると、真上から叔父に見下ろされた。

「……暗殺者として、あまりにお粗末ではないのか?」

 心底から呆れ返ったように言われて、墨子はキッと睨み上げる。

「黙れ、卑怯者!」

「卑怯者?」

「お前が、当主になりたかったから、お父さまとお母さまを殺したんだろう」

 許さない、と叫ぶと、叔父は軽く鼻を鳴らした。

「それは違う。私は別に、当主になどなりたくはなかった」

 全く思いもしなかった言葉に、ぽかんとした。

 叔父は平然と、墨子の視線から逃げることなく、こちらを見返している。

2024.07.04(木)