取材を進める中で出会ったある男性はそう語った。国の介護保険制度は頼りにならず、自己資金を投じなければ満足な介護を受けることができないというのだ。介護保険料をきちんと支払っていても、自分の希望する老人ホームに入ることもできず、場合によっては散歩や趣味などの外出介助さえも受けられない未来が待っている。
こうした介護の厳しい現実は、構造的な問題から生まれている。その一つが、介護現場を支える介護職の減少だ。厚生労働省の試算によれば、二〇二五年度には介護職が約三十二万人も不足し、二〇四〇年度には約六十九万人が足りなくなるという。既に日本の介護制度は崩壊しはじめている。
介護保険制度を支えている財政面はどうか。数字の上では介護保険は黒字が続いているが、だからといって安心はできない。市区町村の介護保険財源に赤字が出ると、一般財源から補填する必要がないように、不足分について都道府県に設置された基金が貸付・交付を行う仕組みになっている。数字のトリックによって、問題が見えないようになっているだけなのだ。当然、貸付金や交付金は、いつか返済しなければならない。不足分のツケは結局、国民に回ってくることになる。
さらに二〇〇〇年の介護保険開始以降、自己負担割合の引き上げが幾度となく行われ、保険料の徴収額は増加している。それに対して、介護サービスのメニューを減らす動きが続いている。財政の逼迫により利用者の負担が増す一方、そのサービスの質は低化しているのだ。
介護業界の深くて暗い「闇」
こうした介護保険制度の構造的な問題に限らず、介護の裏には深くて暗い「闇」が広がっている。例えば、高齢者に対する虐待事件、悪徳業者による介護保険の不正請求などの発覚は後を絶たない。介護の現場では一体何が起きているのか──。その実情を、この目で確かめたくなり、全国の現場を歩き、当事者に話を聞いて回った。
本書では、私自身が親の介護で実際に直面した問題のみならず、老老介護や介護離職、急増する外国人介護職、利益優先の高齢者ビジネスの現状、高齢者を狙った詐欺事件に至るまで、介護を巡る諸問題について広く取り上げている。介護される側とその家族、介護施設の運営者や介護職など、さまざまな立場から見える「介護のリアル」を取材した。
「はじめに」より
実録ルポ 介護の裏(文春新書 1449)
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文藝春秋
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2024.06.06(木)