この記事の連載
あしたの少女/バカ塗りの娘
私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?/燃えあがる女性...
人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした...
香港の流れ者たち/星くずの片隅で/枯れ葉
夜明けのすべて/アダマン号に乗って/コット、はじまりの夏
落下の解剖学/ビフォア・ミッドナイト/コール・ジェーン -女...
美と殺戮のすべて/アイアンクロー
システム・クラッシャー/ありふれた教室
違国日記/20センチュリー・ウーマン/オールド・フォックス ...
メイ・ディセンバー ゆれる真実/あるスキャンダルの覚え書き/...
コンセント/同意/HOW TO HAVE SEX
ナミビアの砂漠
Cloud クラウド
ヴァラエティ
クラブゼロ
エマニュエル
ノー・アザー・ランド 故郷は他にない
ケナは韓国が嫌いで
山田くんとLv999の恋をする
来し方 行く末
ラブ・イン・ザ・ビッグシティ
カーテンコールの灯
「わかり合えない」を了解し合った先にあるもの

噛み合わないのは、会話も同じ。姉の葬式で、咄嗟に朝を引き取ることを宣言する衝動的な一面はあっても、基本的に槙生は、その意味をじっと考えてから言葉を発する人だ。言葉の意味に重きをおくのは、小説家という職業ゆえでもあり、かつて、言葉で徹底的に傷つけられた経験があるからこそだろう。不用意な言葉がまだ幼い朝を傷つけないようにと、いつも自分を律している。対する朝は、思ったことをぽんぽんと口にしては、槙生を驚かせ、ときには親しい人を傷つけることもある。その代わり、すぐに自分の発した言葉を取り消したり、「どうしてこれがよくないことなのか、教えてほしい」と素直に聞ける柔軟さが、朝にはある。
言葉に対する向き合い方が根本的に異なる朝と槙生は、何度も噛み合わない会話をくりかえす。どんなに言葉を尽くしても、ふたりが完全にわかり合えることはない。相手の話が自分の考えと違いすぎて、よけいに困惑したりもする。それでも、彼女たちは対話を諦めない。それは、理解を求めてというより、自分たちはわかり合えないという事実を了解し合うため、ともいえる。
この映画を見ながら思い出したのは、マイク・ミルズ監督の映画『20センチュリー・ウーマン』(2016)。1979年の夏、アメリカのサンタバーバラで15歳の息子ジェイミーと暮らす55歳のドロシアは、多感な時期を過ごす息子の行く末に漠然とした不安を抱く。いったいこの子は、激動の時代をどう生きていくのか。自分にはどんな助言ができるのか。途方にくれた母ドロシアは、自分たち親子と一緒に暮らす写真家のアビーと、ジェイミーの幼なじみジュリーにこう依頼する。「これからは、私の代わりに、後見人としてジェイミーを助けてあげてほしい」。
2024.05.31(金)
文=月永理絵