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女性の私が演じるからこそ、ハムレットの不安や必死さがよりリアルに伝わる

――お稽古は順調に進んでいるようですが、吉田さんが「面白い」と感じていらっしゃる部分はありますか?

 今回は森さんの人物造形が本当に見ものなんです! 特にクローディアスとガートルードは救いようのない性悪な叔父さんでも、妖艶さを武器にしたセクシュアルなお母さんでもないんですよ。

 そこは(吉田)栄作さんや、広岡(由里子)さんご本人がお持ちのお人柄やお茶目さ、おふたりが醸し出すカッコよさといったものが反映されているような気がします。悪人たちに人間味を持たせて、ただの悪い人では終わらせないという演出は、森さんご自身のお人柄でもあるのかなと思っています。

 今回のQ1の戯曲ですが、初めて読んだときに、結構笑える台本だなと思ったんです。それは動きで見せるコミカルさもあれば、窮地に立たされた人間の必死さから生まれるシニカルな笑いもあって。少なくとも、今、稽古場でみんなで爆笑しているところは「お客さんにもちゃんと笑ってほしいね」と森さんと話しています。笑える悲劇『ハムレット』になるといいなぁと。

――『ハムレット』が笑える悲劇になるんですね⁉

 森さんは、セリフの単語ひとつからエピソードを作るのがとてもお上手なんです。先ほど話したキャラクター造形にも関わる話なのですが、例えばクローディアスがハムレットのことを「わが甥」と言ったり、「息子」と呼んだりするのですが、その言葉の言い換えにはきっと意味がある、とおっしゃるんです。

 「この子は自分の息子なんだ」と自分にいい聞かせる気持ちと、そして“息子”にもちゃんと言い聞かせる気持ちがあるんだと。クローディアスのわずかな葛藤がその言葉選びにあるはずだ、というようなエピソードを聞かせてくださるわけです。

 そう考えると、受け手としても“甥”と言われた気持ちと“息子”と言われたときの気持ちが変わってきますよね。そういうところで、人物の感情を面白がって見せてくれる演出だと思います。

――今回は吉田さん以外にも何人かの女性が“男性”を演じると聞いています。吉田さんは前作の『ジュリアス・シーザー』に引き続き、男性を演じるという気持ちや役作りなど、どんなふうに捉えていらっしゃいますか?

 『ジュリアス・シーザー』のときに気付いたことなのですが、女性が意図的に男性を演じようとすると、不思議と“女性に見えてくる”という現象が起きるんです。それはすごく面白い体験でした。あのときにどんな役作りをしたかというと、声を低く発声するくらいで、あえて男性役を意識した役作りはしなかったんです。

 それは、おそらく『ジュリアス・シーザー』では全員が女性で、衣装も男装ではなく中性的であったことでキャラクターが無性化して、普遍的な人間物語が浮かび上がったのでは、と思っています。決して男性役を演じようとしてはいないのだけれど、心持ちが男性であると、自然と身体が外に外に開いてくるんです。

 座るときもヒザがパッと開いてしまったり、胸を張りたくなったり。個人的な考えですけれど、古代から家族を守りながら敵と戦って生きてきたという、本能的に持っている“男性的な部分”が、そうやって身体を開くことで、敵に対して自分を大きく見せようとしているのかなと、想像しています。

――前回はブルータスで、今回はハムレットです。本物の男性陣もいらっしゃるので、また勝手が違うのではないかと思います。

 はい。今回は男性がいる中で女性が男性を演じることで、身体つきは明らかにひと回り違いますし、声ももちろん違います。もしかしたら、それがすごく頼りなく見えるんじゃないかと。でも、それこそが、今回の面白みでもあるのかと思っているんです。

 明らかに“異物”で心もとない私という存在が、正気と狂気を行ったり来たりしながら、不安げに必死に立ち回るハムレットと重なる手助けになったらいいなと思っています。

 先ほどおっしゃった通り、ほかにも男性役を演じる方がいるのですが、まったく違和感がないんですよね、稽古場で。昔から“要職に就くべきだ”としてきたのは男性ですが、でも必ずしも男性である必要はないんだなと思いながら、彼女たちのお芝居を観ています。

――共演者の方々についてもお聞かせください。特に恋人のオフィーリアを演じられる飯豊まりえさん、そして二回目となる演出の森新太郎さんについて、お話いただけますか?

 飯豊さんはすごくしなやかな方。舞台は2回目と伺いましたが、そうとは思えないほどの度胸と胆力を備えていらっしゃいます。また、数々の映像の現場で表現力や演技力を積み重ねてこられているので、チャレンジスピリットが気持ちいい。何より、すごく素直で可愛らしい方なので、彼女が笑えばみんなも笑うという、現場のムードメーカー的な存在です。

 森さんとは2回目なんですが……。彼の代名詞でもある“100本ノック”も、今回も健在です(笑)。特に今回は圧倒的に私がしゃべっていることが多いので、100本ノックを受けるのは私が一番多いのですが、このシェイクスピエアの作品に関しては、眠っていてもセリフがそらんじられるくらい身体になじんで、そこで初めてお客さんの前に出ても大丈夫! という域に行けるので、私としてはすごくありがたいと思っています。

――森さんはまさに今、飛ぶ鳥を落とす勢いの演出家の方だと思います。

 森さんって、ご自身で演じながら演出されることがあるんです。「こういうふうにやって」って演じてくださるんです。それがすごくお上手で。森さんが全部やればいいのにって思うんですよ(笑)。ひとりハムレットができるじゃん! って。

 でもそれは多分、彼自身がシェイクスピアを愛しているというのは大前提として、おそらく台本を読みながら、ご自身で演じていらっしゃるんじゃないかと思うんですよね。なので、どこでどう動いたらセリフが出てくるとか、おそらく分かっていらっしゃる。だから私が詰まったとき、瞬時に「じゃ、羊さん、こっち向いて」と身体に動きをつけてくださる。身体の動きと連動すると、こっちを向いたときにはこのセリフという具合に頭が思い出してくれるので、とても助かる。それを的確に指示してくださるんです。

 あと、森さんは昨日言ったこととまったく違うことを今日言ったりするんです。でも、それって“毎日更新している”ということだと思うんです。毎日台本を読んでいる。だから、私たちに対しても「昨日こう言ったけど、やっぱりこっちにして。ごめんね」と素直に謝ってくださる。演出家が自ら、“間違ってもいいよ”ということを体現してくださるので、我々役者陣としても遠慮なく言えるし、間違ってもいいんだと思える稽古場なのはありがたいですね。

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吉田羊(よしだ・よう)

2月3日生まれ、福岡県出身。1997年より舞台を中心に活動をスタート。12年には連続テレビ小説『純と愛』に出演、14年にフジテレビ『HERO』第2期で女性検事役に抜擢されて、一躍脚光を浴びる。以来、様々な話題作への出演が続いている。近年の主な出演作は、【舞台】『ツダマンの世界』『ザ・ウェルキン』(22)、『ジュリアス・シーザー』(21)、【映画】『クレイジークルーズ』『Winny』『イチケイのカラス』(23)、【ドラマ】『不適切にもほどがある!』(24・TBS)、大河ドラマ『光る君へ』(24・NHK)、『侵入者たちの晩餐』(24・NTV)など。2024年5月17日より映画『ハピネス』が公開。

PARCO PRODUCE 2024『ハムレットQ1』

作:ウィリアム・シェイクスピア
訳:松岡和子
演出:森 新太郎
出演:吉田 羊 飯豊まりえ 牧島 輝 大鶴佐助 広岡由里子 吉田栄作 ほか
https://stage.parco.jp/program/hamletQ1/

衣裳協力

ジャケット 79,200円、ビスチェ 39,600円、パンツ 46,200円(全てエズミ/リ デザイン 03-6447-1264)、カットソー 31,900円(プント ドーロ/ブランドニュース 03-3797-3637)、ピアス 121,000円、イヤカフ 64,900円、リング(左手中指) 94,600円、(左手人差し指) 82,500円(全てヒロタカ 表参道 03-3478-1830)、バングル 17,600円(アデルビジュー ショールーム 03-6434-0486)、サンダル/スタイリスト私物

次の話を読む「手遅れと言われても自信があった」『光る君へ』も注目の吉田羊が“下積み時代“から切り拓いた役者道

2024.05.11(土)
文=前田美保
写真=佐藤 亘
ヘアメイク=吉川陽子
スタイリスト=井坂恵(dynamic)