でもね、良英さんは「そがいに思い詰めんでいい」って言ってくれたことがありました。私のことを責めたり、追い込んだりしたことは一度もなかった。良英さんもやっぱりしんどかったと思います。後継ぎがおらん寂しさや不安を私と同じように感じとっちゃったはず。そんな痛みを分かち合いながら夫婦で年を重ねてきました。そういう連帯感みたいなもんに、私は支えられとったんかもしれんなあと思うんです。
晩年の良英さん
良英さんは晩年、脳梗塞を患って自宅の洋間に置いた寝台に寝ていました。地域の仲間が集う「仲よしクラブ」に行ってくるよって声をかければ「おうおう」って送り出してくれて、帰ったら練習した踊りを踊って見せたこともありましたねえ。終わりに向かうほど良英さんは優しく、まるうなっていった気がします。
自宅で介護を続けていましたが、最期は入院したんです。ルール違反かもしれんけど、亡くなるとき、お酒を少し口に含ませてあげたんです。私の腕に抱いて。そうしたら、あがなええ顔したことないくらいににっこりしてね。こっくんって音までさせて。「早う家に戻ってようけ飲みましょうで」って言ったら、またにっこりして。しばらくして、静かにすーっと旅立っていきました。
あの瞬間のことは忘れられません。つらい顔して逝かれると残されたもんはしんどいねえ。じゃがあの人みたいに元気なときでもえっと(たくさん)笑わん人が、死ぬときになってええ笑顔を見せてくれた。やり遂げたというんかな、救われた気になりました。
「生まれ変わったら一緒になりたいかって?」
この人と結婚して間違いだったかなあと悩んだことも確かにあったん。私の人生をささげたようなもんじゃったから。そうして長年抱えてきたもやもやした気持ちを、ほんまに最期に腕の中でね、全部なくならしてくれたんですね。自分の人生が肯定された気がしました。
夫婦いうんは、最初から完成されとるもんじゃありませんね。時間をかけてつくり上げていくもんじゃなあと思います。ごつごつとぶつかり合ってこすれ合って、一つになっていくというんかなあ。相手を認めて、自分の許容を増やして。ああ、難しいなあ。
え、生まれ変わったら良英さんと一緒になりたいかって? そうじゃなあ、もう一度人生をもらえるなら――。今度は何にも縛られることなく、自由に一人で飛ぶのもええなあ。
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2024.04.08(月)
著者=石井哲代、中国新聞社