嬉しかった贈り物

 いつだったか電気釜が出始めたころ、一番に買ってきてくれちゃったの。「これでご飯を炊けば早かろうが。起きんでいいけん、らくになろう」って。そのときは「えっ」てびっくりしたんです。それまでは朝早く起きて台所のおくどさん(かまど)に火を入れて朝食とお弁当用のご飯を炊いていましたから。私、その電気釜をどこに置いたと思う? 枕元でございます。寝間の柱のコンセントに差してね。明け方に布団から手を伸ばしてスイッチ入れて二度寝するの。炊き上がったら起きるんです。

 

 横着もんだと思うでしょう? 本当は良英さんが私のために買ってきてくれたんがうれしかったん。じゃから「助かるわぁ、うれしいわぁ」って伝えたかったんですね。良英さんのちょっとした優しさをすごく大きく喜んでおりました。私も単純なんでございます。

 ええとこはしっかり見てあげて、気に入らん部分は目をつむるの。それが夫婦が添い遂げる秘訣かも分かりません。なーんちゃって。

 でもね、私も若いころは何度か家出を決意したんです。給料がおおかた飲み代に消えるんじゃから、そりゃあ苦労しておりました。

家出の顛末

 師範学校のときの友達を当てにして深(三原市深町)のバス停まで行くんじゃが、結局戻るんです。とぼとぼと。だらしないですねえ。毎回、未遂に終わっとるんです。たんか切って出るわけではないけども「もう出て行きます!」って顔して出とるのに、どの顔で帰られようかと思ってねえ。

 もうこの人とはやっとられんと腹を立てても、私がいないとこの人は飢え死にするんじゃないか、守らにゃいけんって思い直すんですね。離れた場所で生まれたもん同士がこうして出会わせてもろうたんじゃから。夫婦は腐れ縁と思うようにしておりました。なあ、良英さん。

認めて許して、夫婦をつくる 

 私たち夫婦には子どもがいませんでした。それで「夫への申し訳なさ」がいつも心にあったんでございます。

 子どもができんのは男の人のほうにも原因があるかもしれんって、今じゃあよう聞きますね。じゃがね、当時の私にはそがあなことは分かりません。全部、自分が悪いんだと思っておりました。良英さんがお酒を飲むのも、そのせいじゃないかって。月給を飲み代に使うのも、うさのはけ口だと思うてしまって。立場が弱いっていうかね、強くはよう出なんだんです。仕方がナイチンゲールです。

2024.04.08(月)
著者=石井哲代、中国新聞社