最後にミステリ要素。私はR. D. ウィングフィールドのフロスト警部シリーズの大ファンである。いくつもの事件が錯綜しながら進んでいく「モジュラー型」と言われるミステリ様式にあらがえない魅力を感じている。とはいえ、著者が亡くなった今、もはや新作は望めず、かといってその穴を埋める作品にも出会っていない。そんな私にとって本書は思いがけない福音だった。ミステリ小説ではないにもかかわらず、あちこちにちりばめられた伏線が片っ端から回収され、全然つながりがなさそうなキャラクターやエピソードの意外すぎる連鎖が最後の大きな謎の解明に収斂していくという構造がフロスト警部シリーズ並みの興奮と満足感を呼び起こすのだ。

 

主人公エリザベスを超える(?)実在のスーパー女性科学者

 本書の魅力を3つ紹介すると言ったが、番外でもう1つ。エリザベスが「料理を化学的に説明し、それが全米の女性から圧倒的な人気を得る」とか、エリザベスの本当の研究テーマは「生命起源論」だとか、あまりにファンタジックと思われるかも知れない。もちろん小説的にはすごく面白いから多少荒唐無稽でも読んでいていっこうにさしつかえない。

 でも私はそこにも興奮したのだ。なぜならそれは決してフィクションではないから。たまたまだが、昨年の秋、湯澤規子著『焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史』(KADOKAWA)という本を読んだ。日本とアメリカの女性労働者の連帯と闘いを「日常茶飯事(日常の食事やおやつ)」という視点から読み解くこの本もめちゃくちゃ面白いのだが、日米の女性をつないだキーパーソンとしてエレン・スワロウ・リチャーズ(1842-1911)なる女性化学者が登場する(以下は『焼き芋とドーナツ』をもとにマサチューセッツ工科大学やウッズホール海洋生物学研究所のホームページも参照している)。

 エレンはマサチューセッツ工科大学で初めて学位(学士)を取得した女性とされている。女性だという理由で博士号をとることができなかったものの、鉱山学者で彼女を同等のパートナーとして認めてくれる夫と結婚、家庭を化学(科学)研究の対象にすえて、ありとあらゆる活動を行った。子供や女性、労働者といった社会的弱者が栄養豊かな食事をとることができるように、科学の見地から料理を実演解説するという手法を考案したり、『アメリカン・キッチン・マガジン』という科学料理雑誌を創刊したりして大人気を得た。

2024.02.15(木)
文=高野秀行