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古しえから託された希望の灯り

 灯台の入り口には、紺色の制服をまとった高知海上保安部の奥山正さんがお待ちくださっていた。だが互いに挨拶を交わしながらも、わたしの視線は早くも奥山さんの背後にそびえる灯台に奪われつつあった。

 高知灯台は、現在地から桂浜を隔てた龍頭崎に明治十六年に建てられた県営灯台が前身。第二次世界大戦後に海上保安庁に移管され、昭和四十六年、改装を経て今の位置に移築されたという。

 さかのぼれば龍頭崎には、十七世紀後半から常夜の大灯籠が設置され、油と灯明で以て、一帯を行く船に岬の位置を告げていたという。ならば今日の高知灯台は、近代化以前からの海の安全の名残を強く受け継ぐ施設というわけだ。

 長方形の機械室とずんぐりとした円柱型の灯台の背後には、見事に晴れた青空と猛々しいほどの生命力をみなぎらせた南国の森。圧倒的なエネルギーと歴史を感じさせる光景に見惚れるわたしに、奥山さんが至極あっさりと、「はい、じゃあ登りますか」と仰った。

 案内されるままに灯台に踏み入れば、目の前には螺旋階段。階段は途中でハシゴに変わり、その先にあるのは灯台の心臓部であるレンズ室。それにしてもハシゴを登るなんて、どれだけぶりだろうと思いながら、頭から突っ込むようにレンズ室へと上がる。

 次の瞬間、うわあ! と心の底からの驚きの声が出た。

 さして広くないレンズ室は、光の洪水だった。巨大なガラスがはめ込まれた窓からは一向に勢いの衰えぬ陽光が暴力的なまでになだれ込み、その果てに広がる空と海はあまりの明るさのせいで境目が霞んでいる。だが部屋の中央に金属の箱にはめ込まれて鎮座する巨大なレンズは、それらの光輝にも劣らぬ圧倒的なきらめきを放っており、まるで光と光が無音の戦いを繰り広げているかのようだ。

 この灯台のレンズは、五秒間にひと光の間隔で輝き、その光は十九・五海里(約三十六キロ)先まで届くという。

「全国の灯台の中でこの間隔で光るのは、高知灯台だけというわけですか?」

「あくまでこの海域では、です。光り方のバリエーションはそんなに多くないので、同じ点灯間隔の灯台は、他の海域には当然存在します」

 そううかがった瞬間、わたしは日本海や東北の海に面して建つ見知らぬ灯台を思った。高知灯台と同じ間隔で光り、遠く隔たった―しかし確かにつながった海の安全を守る灯台を思った。

 それらの灯台は同じ役割を担うがゆえに、決して近づくことが許されない。それは人間には想像が出来ないほど孤独で、しかし何者にも真似できぬ尊い営為ではないか。

2024.01.25(木)
文=澤田瞳子
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2024年1月号