「宮さんも、監督になんてなりたくなかった。一生アニメーターで終わっていいと思ってたんだ。でも、高畑さんの下でずっとアニメーターをやっているうちに、いつのまにか監督になっちゃった。宮さんもおれも、自分からいまの仕事につこうと思ったわけじゃない」

 仕事のスランプに悩む、若いプロデューサーを救ったジブリの鈴木敏夫さんの教えとは? 鈴木さんの下で、仕事のいろはから人生の生き方までを学んだアニメーション映画プロデューサーの石井朋彦さんの新刊『新装版 自分を捨てる仕事術』(WAVE出版)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

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自分にこだわると、スランプにはまる

 ジブリに入社し、鈴木さんの下についてから7年目、大きなチャンスが訪れました。27歳だったぼくに、アニメーション界の鬼才である押井守監督の、新作のプロデューサーにならないかという打診があったのです。自分の腕を試したいと思っていたぼくはジブリを辞め、新天地を選びました。

 しかし、ジブリ退社後の10年間、ぼくにとって苦しい時代が続きました。

 鈴木さんのもとで、あれほど「自分を捨てる」「人を真似る」「人の力を借りる」訓練をしたのに、独立の自負心から、1から10まで自分でやろうとし、人の意見を聞かず、周囲を自分の考えでコントロールしようとしていた。そのときはまだ鈴木さんの教えの意味を理解していなかったのです。

 必死にがんばっているのに、仕事はことごとくうまくいきません。

 ある夜、鈴木さんから何を学んだのか、もう一度見直してみようと思い、段ボール箱を開き、鈴木敏夫語録が書かれたノートを読み直しました。そのなかで、これまで目にとまらなかった言葉がひときわ光を放って、飛び込んできたのです。

自分のために仕事をしない

「おれも宮さんもさ、昔から、他人のために仕事してきたんだよ。最初に『アニメージュ』をつくったときも、発売1カ月前に、突然やれと言われてつくった。宮さんも、監督になんてなりたくなかった。一生アニメーターで終わっていいと思ってたんだ。でも、高畑さんの下でずっとアニメーターをやっているうちに、いつのまにか監督になっちゃった。宮さんもおれも、自分からいまの仕事につこうと思ったわけじゃない」

2024.01.02(火)
著者=石井朋彦