紫式部のユーモア
『紫式部日記』の紫式部像はどうみても陽気な人にはみえない。中宮彰子付きの女房たちも紫式部のことを「こちらが気後れしそうなほど優美で、近寄りがたく、よそよそしくて、物語を好み、気取っていて、なにかというと歌を詠み、人を人とも思わず、憎々しげに人を見下すような人だろうと噂していたのに、おどろくほどおっとりしていて、本当に紫式部なの? と思ったほどだ」と言っていたと書かれている。
物語を読んでの前評判でもすこぶるとっつきにくい人柄だと思われていたらしい。ひょっとして中宮彰子のサロンが陰気なのは、紫式部が陰気だからではないのか。そんな疑問もわいてくる。紫式部の名誉挽回は、『源氏物語』のなかでなされる。
『源氏物語』で光源氏が中の品との恋の冒険にくり出すきっかけとなる男たちの恋愛談義、雨夜の品定めに、藤式部丞が語った博士の家の娘との恋愛譚がある。藤式部丞がまだ学生だったころ、ある文章博士を師とあおいで学問をしに通っていて、その博士の娘と懇ろになった。男女の睦言を交わしたあとにも、身についた学で政治の心得などを教えてくれて、消息文も仮名を書き混ぜることなく、格式ばった言い回しで書いてよこす。
この女を師として漢詩文の作り方なども習ったから恩は忘れていないけれども、家庭的な妻にするには、自分のような学のない者では窮屈なばかり。だんだんと足が遠のいたが、久しぶりにもののついでに立ち寄ってみたらば、いつものように迎え入れてはくれなくて、隔てをおいて応対される。聞けば風邪をひいて熱冷ましの草薬(ニンニク)を飲んだから臭いので対面できないというのだ。女はこの臭いが消えた頃また立ち寄ってください、と言った。男は歌を詠む。
ささがにのふるまひしるき夕暮れにひるま過ぐせと言ふがあやなさ
ささがに(蜘蛛)が動きだしたら男の来訪があるといわれているように、来訪の予感があったはずの夕暮れにひるまを過ぎたら来いといわれて追い返されるのはむなしい、という歌。「ひるま」には、「昼間」とニンニクの臭いのする間を意味する「蒜間」とがかけられている。女の返歌。
2023.12.20(水)
文=木村朗子