三ツ星レストランのシェフ・パティシエに
その後、驚くべきスピード感でパリの三ツ星レストランのシェフ・パティシエにまで駆け上がっていった長江さん。
そのなかで出会い、彼女が今も「本当の師匠」と慕うのは、ともフランスの名料理人として知られる、「トロワグロ」のミッシェル・トロワグロ氏と「ピエール・ガニェール」のピエール・ガニェール氏の2人です。
トロワグロ氏の世界に触れたのは、パリの「ホテル・ランカスター」で働いたとき。このホテルでは、レストランからルームサービス、ティータイムまですべてを「トロワグロ」が手掛けていました。
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ここで才能を認められた長江さんは、パティシエ歴わずか4年弱にしてシェフ・パティシエに。
「CAP(フランスのパティシエ国家資格)も持たず、経験も浅いなかでのシェフ・ミッシェル(・トロワグロ)からのオファーだったので、最初は考えました。でも一晩自問自答をして、翌朝には「やってみないとわからない!」精神で、引き受けることを決めたのです。やってみたら楽しかった!」
毎日同じだった朝食やアメニティのメニューに日替わりのものを取り入れる改革を手掛け、ついには「トロワグロ」のレシピを再現するだけでなく、長江さんオリジナルのデザートがメニューに採用され、「トロワグロ」本店からもレシピの送付を求められるほどの信頼を獲得。メディアからも大きく注目されるようになりました。
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「シェフ・ミッシェルから学んだのは、ヴィネガーの酸、乳酸、果物の酸、ハーブや野菜がもつ酸など、性質が異なる酸の巧みな使い方。そして、不要なものをそぎ落とし、ミニマルななかにも、絶対的なバランスを取ることで、本当は3しかないのに5存在しているかような、深みと濃縮された味わいを表現する手法です。目に見える(お皿のうえにあるパーツ)ものは少ないものの、それぞれが凝縮されていて、すべてで奥深いストーリーを語っている。難しいことだし、本当にすごいと思います」と、長江さんは語ります。
一方、ピエール・ガニェール氏による味の創造はそれとは逆に、足し算やかけ算を重ねてバランスを取りつつ相乗効果を引き出すというもの。きわめて複雑で、一歩間違えば総崩れになる可能性も孕んだ難しいものです。
「ロンドンの『スケッチ』でオープニングスタッフとして働いたときにも、シェフ(ピエール・ガニェール)の料理には触れていましたが、『ピエール・ガニェール』本店ではもっと複雑で、何もないところに引き出しや扉を見つけて開けるような作業の繰り返し。
シェフ自身も、味のイメージは想像していても、はっきりと把握しているわけではないので、『とりあえず、やってみて』と投げかけられ、模索や試作を繰り返して形にしていくという、まさに挑戦の連続でした」と、長江さん。
しかも、本店ではグランデセールが9種(なかには3皿構成のものも)あり、ひとつの皿で最低5~6つのパーツがあるという複雑さ。それとは別にスフレが3種、付け合わせが4~5種あり、素材の状態やその日の料理内容、訪れたゲストに合わせて臨機応変に対応しなければならないため、大変な忙しさだったといいます。加えて、支店や海外店のオープンのほかイベントも多くあったため、在籍した約4年で生まれたデザートのレシピは5,000以上!
「一番印象深いのは、『パルメザンのスフレ、ロケットのジュレ、モッツァレラのクリーム、青ピーマンとカルダモンとグラッパのソルベ』です。シェフから素材の組み合わせを聞かされたとき、パルメザン、ロケット、モッツァレラまでは驚きませんでしたが、青ピーマンにはびっくり。苦みやえぐみをどうしようかと頭の中でいくつもの可能性をイメージし、レシピやバランスの微調整を繰り返してなんとか形にしたところ、シェフも気に入り、ピエール・ガニェールの象徴的メニューのひとつとなりました」
2023.12.21(木)
文=瀬戸理恵子
撮影=志水 隆