子供の頃、父親の背広を着て楽しんだ『ダーティハリー』ごっこ

――演じる側として、影響を受けた作品や俳優を挙げるとしたらどうですか?

稲垣 カラックスの作品に出ていたジュリエット・ビノシュは、ドキュメンタリーのようにしか見えませんでした。役への乗り移り方がすごくて。生々しすぎましたよね。ドニ・ラヴァンもそうです。海外映画のほうが、よりそういう感覚を持つことが多かったかな。

 日本の銀幕のスターに憧れた、ということはあまりなかったです。もちろんすごいと思う方はたくさんいますけど、夢中になった記憶はそれほどない。そもそも自分が演技をしたいと思ったのは、この映画を観たからとか、あの俳優さんに影響されたからとか、そういうことではないんです。小さいころから、なにかになりきるのが好きだったんですよ。

――お父さまの背広を着て、『ダーティハリー』ごっこをしていたんですよね。

 

稲垣 うん、ごっこ遊びが好きだったんです。子どもってモノもお金も持っていない分、想像力に優れているじゃないですか。だから「今日の自分は〇〇だ」って、なにかになりきって、よくその空想のなかで生きていました。

 不思議な子どもでしたよね。運動会は嫌いなのに、学芸会は大好き。人前に立つことが本当に駄目で、それはいまも苦手だけど、学芸会には出たかったんです。だけど目立たない子だったから、だれも僕を役に選んでくれなかった。

 これは初めて言うことですけど、国語の授業で教科書を読むのが意外と好きだったんです。人前に立つのも、勉強も苦手だったけど、授業中に指名されたらすらすらと読めるような気がしていた。それで俳優にもなれるはずだと、子どものころからずっと感じていました。

 これはもうスピリチュアルな話かもしれない。前世でなにかあったのかも(笑)。だって人見知りで、人前に立ちたくなかったんですよ? それなのに俳優になりたかったんだから、本当に不思議ですよね。

2023.11.05(日)
文=門間雄介
撮影=榎本麻美/文藝春秋
メイク=金田順子
スタイリング=黒澤彰乃