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中国ではまだ「年配の方が弾く楽器」

――ウェイウェイさんの演奏スタイルによって、中国での二胡のイメージがポジティブなものに変わったのですね。

 そうだと思います。中国ではまだ「二胡は年配の方が弾く楽器」と思っている人が多く、二胡の曲といえば「二泉映月」だけだと思っている人も大勢います。

 でも、1回でも私たちのライブを見ていただければ、考えが変わるということを私は過去に経験して知っていました。

 例えばコロナ禍以前、2016年に二胡教室の生徒さん70人と香港国際音楽祭に出場して金賞をいただいた時は、会場中がスタンディングオベーションで、写真撮影禁止なのに審査員までが立ち上がって写真や動画を撮っているというすばらしい展開になりました。

――日本の三味線文化と似ているところがありますね。三味線も伝統的な楽器ですが、一方で「三味線ロック」など新しい音楽への注目が高まっています。

 伝統的な二胡が本物で、それ以外は本物ではないと言われることもあります。でも私は、「本物の」二胡というものは、そもそも存在しないと思っています。継承していくためには、新しい視点や感覚も取り入れていかなければいけないし、それが次の世代にバトンタッチする私の役割、使命だとも思っています。

――演奏スタイルや伝統楽曲を守っていくことだけが継承ではないのですね。

 そうですね。でも私がそう思うようになったのは、坂本龍一さんの影響も大きいかもしれません。

 2004年に坂本龍一さんのプロジェクトに参加し、ツアーにもご一緒させていただいた時に、坂本さんとお食事をしたことがありました。その時、坂本さんが映画『ラストエンペラー』撮影時のお話をしてくださったんです。

 ロケの間、坂本さんは中国国境周辺の現場に滞在して、日本人、中国人、ドイツ人などのスタッフと何カ月間も共同生活をしていたそうです。坂本さんは私に、「チームでずっと行動していても、食事の時間になると、それぞれの国の食事を別々にするんですよ。食文化って、それだけ大切なんですね」と話してくださいました。

 その話を聞いて私は、食事の話にたとえた私へのメッセージだと受け止めました。異国である日本で、自国・中国の伝統音楽を、伝統とは違う形で広めている私は、従来の音楽やスタイルを壊して新しいスタイルへと統一しがちでした。けれど、そうではない、と坂本さんはおっしゃりたかったのではないかと後から思いました。「一見新しいスタイルに変わったように見せても、芯の部分では伝統音楽の良さ、中国の良さはしっかりと残しておく。お互いを否定するのではなく、それぞれのいいところを残したまま、大切に」というメッセージではないかと思ったのです。音楽のお話以上に、なぜか心に残っているエピソードです。

2023.10.26(木)
文=相澤洋美
撮影=鈴木七絵