目の前にいる人と向き合うこと。

 今、ここにある問題に逃げずに立ち向かうこと。

 自分自身のいいところもだめなところも受け止めること。

 島の中で起きる様々なトラブルや人間関係に翻弄されて、もがきながら何とか解決しよう、前に進もうとする。だけど、そこにはちゃんとゲームの中で学んだことが反映されていたりする。

 この現実とゲームの中を行き来しながら、みんなが自分の愛し方をもう一度学んでいく過程がとても好きでした。井戸に呼び水が必要なように、誰かが自分を愛してくれていることがわかったら、自分だって自分のことを愛せるようになるかもしれない。

 友人や家族、そして島の人たち、それからチャット。色々な人(や猫)から小さな愛の欠片を受け取って、歪な二百十番館の住人たちの経験値が上がっていく。

 カセットやソフト、物理的に容量制限のあるゲームと違ってMORPGの物語には終わりがない(まぁ、いつかサービス終了は来るけれど)。そこに人がいる限り、無限に新しい物語が生み出される。

 もうこれって人生じゃん。

 総務省によれば、二〇二一年の情報通信機器の世帯保有率は「モバイル端末全体」で九七・三%だそう。わたしはSFが好きで、テクノロジーオプティミストなので、きっとゲームだってバーチャルだって、本を読んだり、音楽を聴くのと同じように、わたしたちの人生を豊かにしてくれると信じています。

 バーチャルとリアル、どちらもわたしたちの生きている世界だもの。

 作者の加納朋子さんについて少し。

 福岡県出身、一九九二年に「ななつのこ」で鮎川哲也賞を受賞してデビュー。日常の謎を中心としたミステリを数多く書かれています。

 インタビューで加納さんは、地下鉄サリン事件にニアミスし、「日常はあっけなく壊れてしまうものかもしれない、だからこそ貴重なんだと強く感じ」たと語っています。

 その日常が壊れてしまったとき、【刹那】はゲームの中に逃げこんだ。

2023.08.28(月)
文=池澤 春菜(文筆家・声優)