約110年の歴史を持つ登録有形文化財の宿「沼津倶楽部」が2023年6月、リニューアルオープンしました。
目指すは「価値観の変革」。明治から大正にかけて、ミツワ石鹸2代目社長三輪善兵衛が建てた数寄屋造りの有形文化財は「茶亭」としてモダンチャイニーズのレストランに。建築家の故・渡辺明氏による平成の名建築と名高い宿泊棟には京都西陣織の老舗「HOSOO」が手がけるスイートルームを設け、日本や沼津の文化を継承・発信する、より開かれた施設にと、変貌を遂げました。
千人茶会を開こうと作られた、数寄屋造りの別荘「茶亭」
沼津倶楽部は東海道本線沼津駅からバスで10分、名勝「千本松原」の一角に位置します。
沼津随一の景勝地にひっそりと開かれた入り口をくぐると、邸宅に招かれた客人のような心持ちに。3000坪の敷地に広がる庭園「松石園」を進むと、有形文化財の「長屋門」が現れます。
旧東海道の城下町・宿場町として栄えた沼津は、海に近く避暑地にも避寒地にもなる好立地で、療養にふさわしい別荘地でした。
茶人でもあったミツワ石鹸の三輪善兵衛氏もそんな沼津に魅了されたひとり。「千人茶会を開きたい」と、別荘「松岩亭」を建設します。
太平洋戦争で沼津は焼土と化しましたが、この建物は戦火を逃れます。陸軍省を経て、戦後大蔵省に移管された後、地元有志の手に。戦災復興協議の拠点にと、社団法人「沼津倶楽部」が発足し、建物を継承していきます。2015年には、沼津倶楽部北棟、南棟、長屋門が国の登録有形文化財に登録されました。
今回のリニューアルで、元々茶室として設計されたことから「茶亭」と名付けられたこちらの建物はモダンチャイニーズレストランへと変貌を遂げました。馴染み深い中華に新たな要素を加えて創り出された料理は静岡県の素材が使われています。事前に予約をすれば、宿泊客以外も利用可能です。
茶亭内には多くの部屋があり、それぞれ違う趣向を楽しめます。「若草」や「茶の間」は奥行きのあるゆったりした空間が魅力。遠近法を使い、鴨居の高さを庭へ向かって徐々に低くすることで奥行きを感じさせています。
京都より移築された三畳台目の特別な茶室は野外と繋がるにじり口と貴人口が設けられています。柔らかな光が差し込むように窓の大きさや高さが変えられ、おもてなしの心を感じさせます。
2023.08.21(月)
文・撮影=神谷加奈子