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やさしさや愛情を盾にされると反発しにくい

――いわゆる毒親なら単純に反発もできますが、それとも違うだけに難しい。むくが「しんどい」「逃げたい」「でも私がやらなきゃ」「育ててもらったし」といった、いろんな感情でいっぱいいっぱいになって、それを吐き出すこともできずもがく様子がリアルで、読んでいて息苦しくなります。

 やさしさや愛情を盾にされると反発しにくい、ということは、家族間の問題に限らず、最近すごく多い気がするんです。愛情の形ってすごくたくさんあって、濃密で相手を追い詰める愛情もあれば、信頼しているから距離を取る愛情もある。漫画を通していろんな愛情を描きたい気持ちがあって、むくの家族の問題も「愛情」の問題だと感じています。

――そういった登場人物の心象風景を、鮮烈にビジュアル化した描写には、唸らされました。「この家は愛が飽和している」「どこにも逃げ場所なんてない」というモノローグと共に、むくちゃんが水中に沈んでいく姿が描かれる。このアイデアはどこから来たのでしょう?

 水中に酸素がありすぎると魚が病気になってしまうと知ったとき、壮絶だなと思ったんです。どんなにいいものでも、ありすぎると毒になる。愛情も基本的には人を生かすものだけど、飽和すると殺すこともあるんだというイメージで表現しました。

――そんな愛情でがんじがらめになっていたむくの前に、幼少期に別れたきりだった幼馴染みの天沢朔都・優都兄弟が現れます。祖父を施設に入れることを提案したむくを薄情だと責める祖母を、優都が「論点がズレてる」「(むくは)世話になった恩を返せと言うならもう十分返してません?」 「情につけ込んでむくの時間を無計画に使う方がよっぽど薄情だよ」と論破するシーンは、なんとも感動的です。

 今回、「ヤングケアラー」を描くにあたって、当事者の方たちに失礼がないように、書籍を読んだり、ヤングケアラーを支援するNPOの方に話を聞いたりしたんですが、やっぱり家族を施設に入れることに罪悪感を抱いてしまう人は多いそうなんです。むくの場合も家族を好きなだけに感情を押し殺していたんですが、優都はそれを可視化して名前を付けてくれた。それって、どんな愛の言葉よりも尊いと思うんです。

» インタビュー#2に続く

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次の話を読む「性別ではなく、心で結ばれた二人を」ヤングケアラーを描いたマンガ家が “落ち込んだとき”にすること

2023.08.23(水)
文=井口啓子