あのル・カレの小説も、そうだった。主人公のスマイリーは、失敗に終わった過去の作戦、幹部の出張、経費の精算など、断片の情報を集める。そこから、偶然に見えない接点を探し、ソ連の「もぐら」を炙り出す。そして、これこそ40年前、浩宮が、オックスフォードで体験したことだった。
中世の商人の納税記録、テムズ川の通行規則、船舶の事故報告、ばらばらの情報でパズルを完成する。言わば、将来の天皇は、インテリジェンスとの向き合い方を学んでいたのだ。
英国トップシークレットの部屋に招かれた意味とは
ロジャー・ハイフィールド教授は、教え子の天皇即位を見ることなく、2017年、95歳で亡くなる。そして、「テムズとともに」に、教授への感謝の言葉が載っていた。
「オックスフォード市内の歴史散策、エッセイ作成過程における数々のご教示、オペラ鑑賞、テムズ川上流探訪と、私は先生のおかげで2年間数々の勉強をした。そのどれもが今日の私に与えた影響は計り知れない。ハイフィールド先生こそ、私に学問の難しさ、つらさ、楽しさを教えて下さった、あらゆる意味でのモラル・テューターである」
そんな日々が続いていた頃、ある出来事があった。
1985年1月16日、浩宮は、ロンドンの官庁街、ホワイトホールにある英外務省を訪れた。留学を終える前、英国の政府機関を視察するためで、ジェフリー・ハウ大臣や次官が出迎えた。一通り、外務省の歴史や建物の説明を受け、案内されたのはコミュニケーション・センターだった。
ここは、24時間体制で、在外公館と暗号電報をやり取りし、英外交の中枢、トップ・シークレットである。本来、部外者は入れないが、なぜか浩宮は、外国人として初めて迎えられた。
英外務省文書によると、18世紀の暗号表の後、浩宮は、公電の配布先のボックスを見て、驚いた表情を浮かべた。そこは、暗号解読され、政府要人に送る公電が積まれ、1番手前に「女王」「プリンス・オブ・ウェールズ(皇太子)」とあったのだ。
2023.06.21(水)
文=徳本 栄一郎