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最初の診断は「社交不安障害」だった

 今から8年前、大学2年生のとき、参加したゼミで初めて発表する機会がありました。ちょっと緊張するけど、まあ何とかなるでしょ! と思い、資料だけ作成してほとんど準備せずに行ったのですが、いざ話し始めようとすると、言葉が組み立てられずに頭が真っ白になり、顔が真っ赤になっているのを感じ、呼吸ができなくなってしまいました。

 発表は定期的にあったので、これはさすがにまずいと思い、メンタルクリニックに通うようになったことがまず最初の段階でした。そのときについた診断名は発達障害ではなく、社交不安障害でした。

 その後、大学3年生でインターンに参加すると、作業効率が悪く、事務作業が苦痛で仕方ありませんでした。また一般常識のなさに驚愕されたりもしました。昔から興味が限定的で、好きな学問に関するマニアックな知識はあっても、人が何となく身に着けていくような一般常識や生活の知恵は、自分の思考の対象の中で優先順位が低くて長期記憶に結びつきにくいのか、すっぽりと抜け落ちていることがよくあります。

昨年、障害者手帳を取得した。
昨年、障害者手帳を取得した。

5合のお米を炊くように言われ、2の線まで水を入れた

 たとえば、ホームレスの方の自立を支援する会社でインターンをしていたのですが、業務の一環でお米を5合分炊くよう指示されました。しかし、お米の炊き方が分からず(家でお手伝いをしたことはあるものの、興味がなくて言われるがままにやって覚えていなかった)、聞けばよかったのですが、怒られるかもしれないと思い、上司の周りをウロウロしただけで、結局聞けませんでした。

 正解であって欲しいという願いを込めつつ、とりあえずお釜の「5」のところまでお米を入れて、フームと考えました。「水を多くしすぎるとおかゆになる」ということだけ思い出せたので「2」の線までお水を入れました。もちろんその結果、ほとんど姿が変わっていないものの、わずかに水分を含んだだけのお米が現れ絶望しました。

 そのインターンをしている時期に(きっと「仕事ができない」「抜けている人」など、自身について困っているキーワードで検索していたのだと思いますが)、10分前後の大人のADHDについての再現ドラマを見つけました。主人公は就活をしている大学生なのですが、書類やかばんの中、部屋がぐちゃぐちゃで、いつもアワアワしていました。準備の見積もりを誤って大遅刻しているときの焦燥感、慌てている時に限って忘れ物をしてしまう絶望感、そして最終的に、なぜ周りができていることが自分にはこんなにできないんだと落ち込む様子までが、痛いほど再現されていました。「これは完全に自分だ」とびっくりして、行きつけのクリニックに自らADHDの診断をもらいに行くことにしたのです。

» コラム【後篇】に続く

コッピ―ちゃん

1994年、東京都生まれ。東京大学大学院の心理学博士課程に在籍中。成人期のADHDの適応に関する研究をしている。ADHDや発達障害を始めとしたマイノリティの人たちが生きやすくなるような情報や自分の体験を多数発信。Twitter:@kopo_adhd

次の話を読む「ADHDに気づかず無理を重ね 別の精神症状が出ることも」 見えない障害と生きてゆく

2022.12.29(木)
文=コッピ―ちゃん