この記事の連載

最低賃金上昇が人手不足につながる

上野 昨年と今年の国政選挙では、これまで票につながらないといわれてきたジェンダー課題が戦後初めて浮上して、当落にいくらか影響するところまでいきましたよね。夫婦別姓も大事ですが、税制・社会保障制度の特別扶養控除や第3号被保険者の問題を出さなければジェンダー課題を訴えたことにはならないだろうと思っていました。

浜田 先日、『働く女子の運命』(文春新書)の著者の濱口桂一郎さんから面白いお話を伺いました。おそらく再来年ぐらいに最低賃金の全国平均が千円を超えるだろうと。すると、今就労調整をしている人たちは、もっと短時間でしか働けなくなる。その結果、企業はものすごく人手不足に苦しむことになると。

 例えばスーパーやコンビニはパートさんが命ですよね。社員よりも現場を熟知していることも少なくなく、企業側も彼女たちに長く働いてもらいたいのに、就労調整が壁になっているわけです。賃金が上がればさらに働ける時間が短くなるので、営業時間も短くしなければいけなくなるかもしれない。今後日本では労働力の減少によって経済規模が小さくなっていってしまう。合理的でないことをやっていると、もう企業は本当に厳しくなると思うんです。

上野 この国は経済合理性で動かないんですよ。日本の雇用主はパートを使いながら、パートの基幹労働力化を進めてきました。ジョブカテゴリーの移行がもっと簡単にできれば、パートの管理職化も実現できるはずです。でも日本はその壁がすごく厚くて、いったん正規職から外れたら二度と戻れないようになっている。有能な人たちを無駄にしています。非正規雇用は、当初、企業にとっては女性の労働力を安く買い叩くための合理性があったんでしょうが、長期で見ると不合理そのものです。

男性中心企業の終焉 (文春新書 1383)

定価 1078円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

浜田敬子(はまだ・けいこ)

ジャーナリスト/前Business Insider Japan統括編集長/元AERA編集長。 1989年に朝日新聞社に入社。前橋、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部。副編集長などを経て、2014年からAERA編集長。2017年3月末で朝日新聞社を退社し、アメリカの経済オンラインメディアBusiness Insiderの日本版を統括編集長として立ち上げる。20年末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。2022年8月に一般社団法人デジタル・ジャーナリスト育成機構を設立。著書に『働く女子と罪悪感〜「こうあるべき」から離れたら、もっと仕事は楽しくなる』(集英社文庫)。


上野千鶴子(うえの・ちづこ)

1948年生まれ。社会学者。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。京都大学大学院社会学博士課程修了。日本における女性学・ジェンダー研究・介護研究のパイオニアとして活躍。著書に『女たちのサバイバル作戦』『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)、『おひとりさまの老後』『男おひとりさま道』(文春文庫)、『おひとりさまの最期』(朝日文庫)など。現在、「みすず」で「アンチ・アンチエイジングの思想」を連載中。

次の話を読む「オンライン階級」という言葉を ご存知ですか? リモートワークが 女性を待ち受けている罠

← この連載をはじめから読む

2022.12.19(月)
文=鳥嶋夏歩
撮影=釜谷洋史