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「男の謎」は父に集約されている

酒井 50代半ばの私ですが、この年になってもまだ、「父」のような頼りがいのある大きな存在を探していますし、これからも探し続けるような気がしています。実際にそういう人が目の前に現れることはないとわかってはいるのですが。

 たしかに、女性はそういうところがあるかもしれませんね。それに加えて娘って、父のことがよく分からないんだと思うんです。私の場合、母のことは手に取るように分かるんです。自分と似ていて嫌な部分も含めて。でも、父のことは掴み切れないところがある。だから考え続けるんじゃないかと思いますね。

酒井 「男の謎」が父のなかに集約されているような気もします。私の世代の父親たちって、人としての個性を、家族にはあまり見せていなかったんじゃないでしょうか。むしろ、会社の同僚の方がパーソナルな父をずっと知っていたり。家族のなかでも、父親のことを一番知らないのが子供たちなのかなぁ、と思います。

 一番近い血縁のはずなのに、よく分かっていなかった。そういう後悔も含めて、父親はずっと娘たちの心に残っていくのかもしれません。

梯 久美子(かけはし・くみこ)

1961年、熊本市生まれ。北海道大学文学部卒業後、編集者を経て文筆業に。2005年のデビュー作『散るぞ悲しき』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。同書は米、英、仏、伊など世界8か国で翻訳出版されている。16年刊行の『狂うひと』で読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、講談社ノンフィクション賞を受賞。その後も、『原民喜』『サガレン』など、話題作を発表し続けている。


酒井順子(さかい・じゅんこ)

1966年、東京都生まれ。高校在学中に雑誌にコラムを発表し、デビュー。大学卒業後、広告会社勤務を経て、エッセイ執筆に専念。2004年『負け犬の遠吠え』で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞をダブル受賞。その他、『うまれることば、しぬことば』『枕草子REMIX』『地震と独身』『家族終了』『無恥の恥』など著書多数。

この父ありて 娘たちの歳月

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石牟礼道子、茨木のり子、島尾ミホ、田辺聖子、辺見じゅん……。不朽の名作を生んだ9人の女性作家たち。彼女たちの唯一無二の父娘関係に焦点を当てた、2年半ぶりの本格ノンフィクション。『狂うひと』『原民喜』など、話題作を発表し続ける著者が紡ぐ、豊穣たる父娘の物語。

女人京都

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「京都は女の街である」
女性の生き方、古典、旅、文学など幅広く執筆活動を行う著者が、小野小町、紫式部、清少納言、日野富子、淀君、大田垣蓮月、上村松園など歴史上の女性たち43人の足跡を時系列順にたどる旅に出た。京都に通い続けるエッセイスト・酒井順子による、全く新しい視点から切り取った京都エッセイ&ガイド。

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2022.12.15(木)
文=文藝春秋第二文芸編集部
撮影=鈴木七絵