2022年後半のイタリアは、マスクやパンデミック報道はいつの間にかフェイドアウトし、すっかり日常回帰モード。入国時のPCR検査陰性証明提示なども免除され、旅行熱を溜め込んだ欧米の観光客が続々と押し寄せている。
あたかも14世紀のペスト後に、ルネサンス運動がやってきたかの如く再生し続けるフィレンツェ。街全体がヘリテージの古都の底力は未知数だ。
パンデミックを経て、華麗に衣替えした宿泊施設のオープンが続いた。世界屈指の芸術の都でしか味わえない極上ステイを満喫したい。
フィレンツェとトスカーナの極上ステイに、おすすめの宿を6回に渡りご紹介。
伝統職人工房の技が光るラグジュアリーな空間
◆Helvetia&Bristol(ヘルヴェティア&ブリストル)

19世紀末、迎賓館ホテルとしてデビューした「ヘルヴェティア&ブリストル」は、大聖堂や各名所に至便の立地で、グランドツアーでやってきた英国貴族や著名な文豪、芸術家などの定宿であった。

長らく旧市街の帷(とばり)に隠れたコンサバな5ツ星であったが、2016年より地元ファミリーが経営するスターホテルズ・グループの傘下となる。

フィレンツェ生まれの2代目、現社長のエリザベッタ・ファブリ氏はことのほか同ホテルに惚れ込み、足繁く通ってはインテリアを変えたりカフェテリアを拡張したりとこまごま手を加えているうちに居心地よいフィレンツェ趣味の宿となってきた。

さらに2019年、全館の大掛かりな修復&改築工事に踏み切る。19世紀の施設やアンティークインテリアを国際的にも著名な地元の修復工房に依頼し、ファブリックも由緒ある伝統絹織物工房で新調するなどして、オーセンティックなエレガンスと輝きを取り戻した。

さらに隣接していた元ローマ銀行の18世紀の館を買い取り、2021年に新たに25の客室を増設。ザ・リーディングホテルズ・オブ・ザ・ワールドにも加盟し、中心街で唯一、世界トップのラグジュアリー宿泊施設の仲間入りを果たしたのだ。

滞在先の楽しみに欠かせないグルメ部門も劇的な展開となった。
2021年5月からフィレンツェ伝統創作料理の第一人者、ファビオ・ピッキ氏とのコラボにより「チブレオ・カフェ」を開店し、同年冬には、地上階に新設されたゴージャスな大ホールに名店「チブレオ・リストランテ」の姉妹店をグランドオープンして世間を騒がせた。

サンタンブロージョ市場エリアに1979年から店を数軒構える彼は、素朴な伝統食材を最高に美味しい料理に仕立てる鬼才。また地元食文化の語り部で書籍も多数残した。

残念なことにファビオ氏は2022年急逝してしまったが、長年の右腕シェフ、オスカー・セヴェリーニ氏がいるから安心である。

一方、菓子部門もハイエンドを目指す。昨年近くに、神の采配のごとく、イタリアを代表するカリスマ・パティシエのイジーニオ・マッサーリ氏が優雅なカフェテリア&ラボラトリーを出店。

マエストロ・マッサーリは、権威あるイタリア菓子職人協会の創設者でフランスのルレ・デセール協会顧問というヨーロッパ菓子職人業界の重鎮である。

フィレンツェは美味しい菓子店に乏しい事情もあり、同ホテルではさっそくホテル内取扱いの専属契約を結び、朝食やサロン用に隣のイタリアトップのスウィーツ工房の焼き立てを確保して、全館のグルメ度をウルトラ級にアップ。

ホテル前には優雅なソファのテラス席も張り出し、中心街の新たなグルメスポットの誕生となった。

2022.11.10(木)
文=大平美智子
撮影=仁木岳彦
CREA Traveller 2022 vol.4
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。