英国を代表する三ツ星レストラン「Fat Duck(ファット・ダック)」で約10年間にわたってヘッドシェフを務めたジョニー・レイクさんと、同じく同店で12年以上ソムリエとして活躍したイサ・バルさんがタッグを組み、2019年にオープンしたレストランが「Trivet(トリヴェット)」です。


 テムズ河南岸のロンドンブリッジからほど近い場所にあるこのレストラン、ミシュランスター・クオリティを約束された、その出自のよさゆえに、オープン時から予約が殺到する人気ぶり。

 残念ながらコロナ禍に阻まれ数か月間の閉店を余義なくされましたが、ポストパンデミックを迎えた今年、ミシュラン一つ星を獲得したほか、イサさんが複数のソムリエアワードを受賞するなど、以前にも増して、勢いづいているのです。

 ナチュラルでウッディなベージュや茶系を基調にメタリックなアクセントの効いたインテリアは、北欧風のシンプルさと地中海風のぬくもりが融合。トルコ人アーティスト、マーヴ・アティルガンさんが描き下ろしたポップなアート作品が遊び心を加えています。

 肩肘張らないリラックスした空間と同様に、メニューもアラカルトのみの自由さ。酒や味噌を使ったり、手打ちのヌードルを添えたりと、インターナショナルな要素がたっぷり詰まった、創作料理が楽しめます。

 なかでも、トリヴェットの看板料理として有名なのが、デザートの「Hokkaido Potato」。一見美しいミルフィーユが、北海道ポテト? 日本人としては、その謎をぜひ解き明かさねば、と、レストランの創設者であるヘッドシェフのジョニーさんにお話をうかがいました。

シグニチャディッシュの発想の源となった札幌での出来事

 「『Hokkaido Potato』は、北海道で出合ったジャガイモがコンセプトになっているんです」と話すジョニーさん。

 2019年2月、自分たちの店を出す準備をしていたジョニーさんとイサさんは、日本の酒蔵を訪問するために日本へと飛びました。現地でその道の専門家が手配してくれた全10日間ほどの旅程のなかで、宮城と山形、それぞれの土地で日本酒と正統派の和食を楽しむこと数日の後、ふたりが向かったのは北海道でした。

「それまでは、割とフォーマルな和食店での食事が手配されていたのですが、北海道では初めて居酒屋に行こう、ということになったのです」

 そこで、現地のガイドがふたりを連れて行ったのは、小さな路地の突き当たりにあるこぢんまりとした居酒屋でした。しかし、残念ながらこの夜は満席で入れず、諦めきれなかったふたりは、翌日、北海道での最終日の夜に、今度は早めの時間に同じ店にやってきます。

 「アメージングな魚介類とか、昆布の出汁とか、本当にすばらしい食を楽しんだのですが、食事のまんなかあたりで、出てきたのがこれだったんです」と含み笑いのジョニーさんが、スマホで見せてくれた写真がアルミホイルに包まれた、日本人にはお馴染みのじゃがバター。

「最初に見たときは、ジャガイモとバターの国からやってきた僕たちに対するジョークかと思ったんですよ。ほら、それまで連れて行ってもらったお店では、バターを使った料理も、ジャガイモ料理も出てきたことがなかったですからね」

 日本人にしてみたら、異国の酒場で味噌焼きおにぎりが普通に出てきた、といった感覚でしょうか。

「あとから、バターもジャガイモも、日本で馴染みのあるものと知ったのですが、その時は知らなかったので驚いたのです。しかも、それがもう、これまでに食べたことがない、と思うくらいおいしいジャガイモ料理だった。フレーバーも質感もすべてが完璧だったのです。すぐにお店の人にどういうジャガイモを使って、どうやって調理しているのかをたずねました」

2022.10.31(月)
文・撮影=安田和代(KRess Europe)