「編集者から『恋愛も書け』としつこく言われたので、最も実現しそうにないものにしました。ただ、戦う女性を描きたいとは思っていたんです。戦争がテーマだと、女性は銃後を守る存在になりがちですから」

 抗日ゲリラによる撫順炭鉱襲撃事件、その報復として日本軍の撫順守備隊が起こした平頂山事件など史実を織り交ぜた。「そんな事件はなかったという人ほど読んでほしい」。一方で、石原莞爾は直接には描かれない。

「満洲事変を起こした関東軍参謀、東アジアの連帯を説いたアジア主義者……石原自体が多面的な人。安彦良和さんの『虹色のトロツキー』など傑作も数多く、作家にも読者にも“俺の石原莞爾”が強くあるんですね。彼を出さないことで先入観を払拭した戦争を描けたと思っています」

 やがて、都市は関東軍の戦略拠点とされ、理想郷の実像は歪んでいく――。

『嘘と正典』などSF作品を上梓してきた小川さんだが、「SFも歴史小説も変わりはない」と断言する。

「時間軸が未来か過去かというだけで、現代の僕たちの感覚や社会の仕組みに接続できていればSFです。80年以上前の軍人は、僕にとっては宇宙人と一緒(笑)。宇宙人の生態を調べて、何を考えていたのかを想像する。うまく接続できれば、勝てるはずのない戦争になぜ突き進んだのかを僕たちの話として考えられるようになると思うのです」

 法など抽象的な要素の集合である国家が、唯一現れるのが「地図」。見れば居住可能域や資源が限られていることがわかる。だから、「拳」で奪い合う。人間の普遍的な課題を描き切った。

おがわさとし/1986年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年、『ユートロニカのこちら側』で、ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞しデビュー。『ゲームの王国』で日本SF大賞、山本周五郎賞を受賞。『嘘と正典』で直木賞候補となる。

2022.09.08(木)
文=「週刊文春」編集部