だが、そのことを差し引いても、私は現在の天皇陛下が口にした「信じる」に、言葉としての新味を感じる。使われる度に「信じる」の語調が次第に強くなっていく印象があるからだ。最初に陛下が語ったメッセージを厳密に読むと、実は「信じる」の主語が天皇自身なのかどうか判然としない構成になっている。もう一度メッセージを読んでみよう。

「今、この難局にあって、人々が将来への確固たる希望を胸に、安心して暮らせる日が必ずや遠くない将来に来ることを信じ、皆が互いに思いやりを持って助け合い、支え合いながら、進んで行くことを心から願っています」

「信じる」の前に「私」の言葉はなく、代わりに「人々」がある。従って「私が信じる」ではなく、「人々が信じて進むことを私が願っている」と解釈することもできなくはない。だが、普通に読めば、「信じる」の主語は天皇自身だろう。

大木 賢一

1967年、東京都生まれ。1990年、早稲田大学第一文学部日本史学科卒業。共同通信社入社。鳥取支局、秋田支局などに勤務し、大阪府警と警視庁で捜査1課担当。2006年から2008年まで社会部宮内庁担当。大阪支社、東京支社、仙台支社を経て2016年11月から本社社会部編集委員。著書に『皇室番 黒革の手帖』(2018年、宝島社新書)、共著に『昭和天皇 最後の侍従日記』(2019年、文春新書)、『令和の胎動 天皇代替わり報道の記録』(2020年、共同通信社)。

「“明日は好い日になる”と私も信じ…」 天皇陛下が“制約”の中で国民に訴えた意外な“言葉” へ続く

2022.05.24(火)
文=大木賢一