これに対し、小室は、過去の内親王の結婚相手とは大きく異なる。その家系は、日本の“セレブリティー”とは一切関係がない。

 同等性の原則を緩和してきた皇室の結婚の歴史から考えると、原則解除の究極の形が、眞子内親王と小室の結婚だった。

 

皇族の婚姻の自由

「眞子さま問題」を語る際、「国民」という言葉が頻出する。歴史学者の小田部雄次は「今回の結婚を疑問視している国民は多い。皇室の方々にもプライベートはある。しかし「私」を抑えて人々のために活動することで、国民から崇敬の念を抱かれ、信頼を得てきた面がある。眞子さまの希望を優先した今回の結婚で、裏切られたと感じる国民もいるだろう」と述べる(共同通信原稿、『北海道新聞』2021年9月2日)。

 秋篠宮も「多くの人に納得してもらい喜んでもらう状況を作る」よう小室に求めた(2018年11月記者会見)。この「多くの人」が意味するところも、「国民」と同じであろう。

 これらの発言は、皇室が国民統合の象徴であるべきだとの理念に基づく。

 明治期から高度経済成長期まで、たしかに、皇室はこの国の人びと(国民)のモデルであった。しかし、人びとが多様化したいま、皇室は人びとの目指すべき理想の位置にはいない。そうだとすると、逆に、多様性そのものを象徴する皇室を目指す方向もあるだろう。

「国民」、場合によっては「世間」を背景に、伝統や公(おおやけ) 性を強調し、1人の女性皇族の自由を制限することが、これからの皇室にとって好ましいかどうかはよく考える必要がある。

 一般の人が結婚するとき、親など周囲の納得と理解が必要だとの考えも成り立つが、必須ではない。親や周囲が反対しても、憲法上、婚姻は両性の合意だけで成立する。親が勝手に婚姻相手を決めること、本人が決めた相手との結婚を妨害することは、婚姻の自由の権利に反する。

 男性皇族の場合、結婚相手は皇室に入る形となるため、たとえば外国籍のパートナーを選択することには問題が生じる可能性が出る。そこで、皇室典範は、男子皇族の婚姻に限り、皇室会議の議を経ると定め、婚姻の自由にタガをはめた。一方、女性皇族の場合、結婚すれば皇族でなくなるため、皇室会議の了承を得る必要はない。女性皇族の婚姻は、現行法下では自由である。

2022.04.28(木)
文=森 暢平