作品世界に没入する時の感覚を演劇で描いてみたい

――三浦さんは公演によって色々な作家や本から受けた影響をストレートに出す方だと思うんですけども、今回、そういうリファレンスはありましたか?

三浦 江國香織さんの『なかなか暮れない夏の夕暮れ』ですね。すごく印象に残っている情景描写があって。本を読んでいた時に誰かに話しかけられて、本を読むのをやめて、顔を上げる。読んでいた人は、作品の世界に没入していたから、現実に帰るまでに少し時間がかかる。その、現実に焦点が合うまでのラグが面白いんです。意識の揺らぎのようなものが丁寧に描かれていて。本を読むとき、この感覚ってあるよなーって。そういうラグというか、時間を、演劇で描いてみたいなと思ったんですよね。

――本を読んでいる人同士だからこそわかる共通感覚ってありますよね。仲間意識のようなものも。

三浦 ありますあります。以前、電車に乗っているときに、中学生くらいの子が座って本を読んでたんですよ。その子が何を読んでいるか分からないんですけど、その表情だけで今めっちゃこれ面白いんだっていうのが伝わってくる(笑)。で、電車が止まって降りなきゃいけないのに、本に目線をやりながら降りるんです。話したわけじゃないけど、その子にとってこの時間はすごい大切なんだろうなって。そういうのを見るだけでもすごく元気になったりとか。

 あと、喫茶店にいて、自分がすごく好きな本を読んでいる人がいると、ちらっと残りのページ見ながら、「これはこの後すごいことが起こるんだよ!」とか思いますね(笑)。そういう瞬間の感覚を演劇にできないかなあと思ったりはしますね。

本屋は緩やかにいろんな人が繋がれる不思議な場所

花田 そういう意味では、本屋は色々な人たちが集まってそういう感覚を共有できる場所という気がします。個人でやっているような小さい書店は特にそう。本屋でのイベントは、売上や集客という側面もありますが、書店とお客さんが緩く繋がっているっていうことがお互いにとって大事になってきていると思います。本を介して気持ちを交換するというか。

――どういう本屋が理想、というのはありますか?

花田 これもヴィレッジヴァンガード出身だからかもしれないんですけど、静謐で凛とした雰囲気の、背筋が伸びるような書店は憧れますし、客として観に行くのは大好きなのですが、自分が次に本屋をやるなら、もっとふわふわしていて楽しい場所にしたいなあと思います。遊園地に行くみたいな感覚で来てもらえる場所。それでいて、知的好奇心が満たされたり、もっとこの世界を知ってみたい、広い世界を見てみたいという気持ちが喚起される場所、というのが私にとっての理想です。

――本はリアル書店で買いますか? Amazonとかネット書店は使いますか?

三浦 僕、本に関しては一切ネット書店は使わないんですよね。絶対に本屋で紙の本を買いますね。漫画は電子で読んだりしますけど。

――今、演劇を動画配信する流れがありますよね。例えば岸田國士戯曲賞を受賞した、劇団ままごとの『わが星』が公式に無料公開されています。おふたりは演劇を画面ごしに見ることについては、どう思われますか?

三浦 僕は高校まで宮城県にいたから、なかなか舞台を生で観にいけなかったんです。でも、つかこうへいさんとか野田秀樹さんの作品をWOWOWで観たりはしていて。だから、映像で演劇を見ることに対しては全然抵抗はないんです。ただ、自分が作った作品を映像でやるとなると、なんかちょっと……嫌だなって考えてしまう。観客としての自分と作り手としての自分で考え方が変わりますね。

花田 演劇だけでなく、お笑いのコントの舞台を動画やDVDで見ることもあります。それはそれでもちろん面白いし、価値があると思うんですけど、それで観たからもう満足、とはならないですね。リアル書店に行くことも、生の演劇を見ることもそうですけど、「今、この空間にいる」っていうことが大事なんだと。

 コロナ以降は特にそういうことを痛感しましたね。ZOOM飲み会とか一瞬流行りましたけど、むしろそれを通してオンラインに対しての疑問が自分の中で浮き彫りになった感じで。こういう対談もZOOMでやることって結構あるじゃないですか。一見大丈夫そうに見えるけど、やっぱりこうやって直接会わないとわからないことが多いなって思います。

三浦 今本当に演劇は難しいなと思いますね。多分、コロナで動員も落ちているし、コロナが開けたとして、観客が以前のように戻ってくるかどうかも不透明です。僕が演劇を始めたくらいって、ツイッターが演劇の口コミとして機能していて、その影響でロロの動員も増えていったんです。

 でも、今はツイッターの影響力も落ちて生きているし、すごく観客を集めるハードルも上がっているので、僕より下の世代とか、これから演劇を志す人は大変ですよね。公演が中止になるリスクもあるし、稽古場や楽屋の確保も難しい。感染症対策でかかる予算も増えていますしね。

生で演劇を観るというかけがえのない体験をこれからも

――コロナ以降、他のジャンルに比べても演劇はダメージが多かったですね。

三浦 そうですね……。でも、作品を上演するのは演劇の行為ですけど、演劇の行為って決してそれだけじゃなくて。人が一か所に集まって稽古をしていくっていう、そのプロセスも演劇の行為だって思うんです。だから僕は、コミュニティっていうものにすごく興味がありますね。人が集まる場所で、誰かと誰かが関係を結ぶことにずっと興味がある。

 コロナで上演中止になった作品がたくさんあっただろうけど、がっかりすることだけじゃない。中止までの間にみんなで集まって何かを考えて過ごしたっていう、そのことに尊くて価値があるんだって。そういうことを考えています。

花田 プロセスが演劇、というのはとてもいいですね。ハッとしました。私は舞台って皆がこんなに熱中して観るものなんだっていうこと自体が新鮮で、実際に観劇に行くたびに新しい世界がその空間に立ち現れることに感動します。コロナ禍ではありますが、というか、コロナ過だからこそ、生の作品を見る、目の前で全身で表現する人から受け取るエネルギーってすごいなと感じていて。演劇というものは本当にかけがえのないものなんだなって思います。

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三浦直之
ロロ主宰/劇作家/演出家/

10月29日生まれ宮城県出身。2009年、日本大学藝術学部演劇学科劇作コース在学中に、処女作 『家族のこと、その他たくさんのこと』が王子小劇場「筆に覚えあり戯曲募集」に史上初入選。 同年、主宰としてロロを立ち上げ、全作品の脚本・演出を担当する。脚本提供、歌詞提供、ワークショップ講師など、演劇の枠にとらわれず幅広く活動中。2016年『ハンサムな大悟』第60回岸田國士戯曲賞ノミネート。

花田菜々子
書店員/作家

1979年東京都生まれ。日本大学芸術学部卒。2003年ヴィレッジヴァンガードコーポレーション (株)入社。その後、「二子玉川 蔦屋家電」ブックコンシェルジュ、「パン屋の本屋」、「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」の店長などを経て、現在はフリー。実体験を綴った私小説『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』など著作業でも活躍する。

ロロ『ロマンティックコメディ』

日時 2022年4月15日(金)~4月24日(日)
会場 東京芸術劇場シアターイースト
所在地 東京都豊島区西池袋1-8-1
時間の詳細はHP(http://loloweb.jp/Romantic/)をご確認ください
料金 前売一般 4,500円、U-25前売り3,500円、高校生以下 1,000円(枚数限定/一律)
   ※当日券は各500円増となります。

2022.04.10(日)
文=土佐有明
写真=橋本 篤