安藤 私も飲みながらお芝居を……。

松尾 エッ、あなた、飲みながら芝居やったことあるの?

安藤 演出家に、やれって言われて、やりました。演出家は「面白かった、面白かった」って言うんだけど、誰一人その日やったことを覚えてないから、次の日、同じことができないという。20代の頃のことだから許してくださいとしか言えない。でもまあ無理なんで、みんなその一回きりでやめました。

酔うことの面白さ

松尾 だって、セリフ覚えられないでしょ。俺はいつも自分のセリフに対して不安があるから、舞台やっている時は、家でも酒飲みながら台本めくったりするんですけど、その時間って、まあ何にもならないからな。でも、酔った状態でどれくらいセリフが出てくるか、みたいな実験でもあって。

安藤 酔った状態でも出てくるくらいセリフが入ってたらオーケー、ということ?

松尾 そうそう、安心のためね。だから、セリフの長い役が来ると、飲んでトイレの中で延々セリフを繰り出していることがある。便器に座って、ずーっとブツブツ言ってるの。それで出られなくなっちゃって、カミさんに心配されたりして。

安藤 でも、『矢印』を読みながら、松尾さんもここまで書いてしまったら、もう今後の人生飲まなくていいんじゃないかと思いましたよ。作品の中でこれだけ酔ってられるんだから。なんなら、この小説を読み返せば酔えるんじゃないか、ってくらい。

松尾 知り合いに一滴も飲めない編集者がいるんですけど、その人から「これが酔うということなのかと、ようやく分かった気がしました」と感想をもらいました。

安藤 酔うことの面白さもそうだし、アルコールで肉体的にだんだんキツくなってくる感じとか、頭がおかしくなっていく感じとか、いろいろなグラデーションが全部書かれていましたね。あとは、「どうしても飲みたい!」という人の、お酒を飲む理由みたいなものもたくさん。とにかく、お酒に対する想いがすごい。

 

2021.11.22(月)
構成=辻本 力