そろそろ自分で創り出すということを考える段階に来たんだろうなって

――作り手に興味を持ち始めたのは、いつ頃だったんでしょうか?

 入団して数年は、本番中は出番がそんなに多くない代わりに裏の仕事が忙しいんですね。

 ただ、3年目くらいになると1〜2年目の下級生を監督する立場になって、その子たちが動けるようになってくると、実は本番中にやることがなくなるんです。1幕の1時間半のお芝居のうち、出番は数分で、あとはずっと裏方。

 そういう時間に、勝手に台本のラストを書き替えたり、場面を増やしてストーリーを膨らませたりということを勝手にしていたんです。

 私が演出家だったら、このセリフはこうするなって書き替えたり、歌詞を変えたり、タカラヅカスペシャルの演目を考えたり(※注 毎年年末におこなわれている、宝塚の各組のスターたちが一堂に会するイベント)。

 あと、辞める前の数年間は、演出家の先生の意図よりも、自分がこの役をこう演じたいというオリジナリティの方が勝ちすぎているのを感じていたのもあります。

 私のポジションって、役づくりに関して演出の先生の指示がないというか、役づくりの段階から任されることが多かったんです。

 ただ、私があまりに自由にやりすぎて、作品からはみ出すようになっていた。

 「私はこうやりたいんです」っていう我が出てきて、そろそろ自分で創り出すことを考えていかなきゃいけない段階に来たんだろうなって。

 それならば、自分で創るという方向に目標を定めて、とことん修業しようと思いました。

――社会に出てお仕事を始めて、宝塚にいてよかったと思ったのはどんな時ですか?

 宝塚では「あなたはどう思っているの?」って聞かれる場面が結構多いんです。

 台本をもらったら、まずは自分は作品をどういう方向に持っていきたいか、トップさんをどういう形でサポートするか、どういう進め方をして本番に間に合わせるか、自分のなかで地図を描かなきゃいけない。

 それはたとえば、下級生の面倒はどこまでみるか、というようなところまで。セルフプロデュースしないといけないんです。

 だから会社に入って、ひとつのプロジェクトが決まったってなった時、自分にできることはこれとこれで、この手順で進めていこうという筋書きが結構早めにできたんですよね。

 逆に弊害として、全部やろうと思えばできてしまうので、自分で何もかも背負いこもうとしてしまうというのもありますけど。

 宝塚にいる時、稽古中って本当に時間がないので、やるべきことの効率を上げることでなんとか作った2時間を自主稽古に充てたりしていたんです。

 そういう気質が身に付いているから、いかに効率よく進めるかをつねに考えてしまい、職場でいろんな仕事にいっぱい口を出しちゃって……。

 でも「それは他の部署に任せているものだから」と言われることも。

 宝塚は、ある意味でみんながすごくお節介だから、自分とは関係のない部分でも、気づいたことがあれば言うというのが当たり前の世界でした。

 でも社会ではそうならなかったりもして、最初の頃は、見て見ぬふりをするのが大変だったりもしました。

 ただ、効率を上げる方法を考える癖とか、面倒見のよさとか、宝塚にいてスキルが身に付いたのは間違いないです。

2021.09.04(土)
文=望月リサ
撮影=鈴木七絵