濱口 ええ、佐藤央さんという同世代の監督との共同作業で前々から知っていましたが、三宅監督の『きみの鳥はうたえる』は特に素晴らしかったですし、ぜひ次は一緒にやりたいとお願いしました。今回ご一緒して、改めてフレーム感覚、つまりは人物との距離の取り方やレンズの選択が抜群だな、という気がしました。俳優は基本的には立ち位置を十分に指定されているわけではないし、基本的にカメラを三脚に据えるようにお願いしているので、撮影部の負担は相当大きかったと思いますが、テストを見た後で「ここ」とカメラを据える位置がことごとく正しい、と感じました。その思いは編集時により強まりましたね。『ドライブ・マイ・カー』は特にこの俳優とカメラの調和が感じられると思うのですが、俳優の演技の素晴らしさを損なわずに柔らかく、けれど確かに捉える、四宮さんの感性と能力があってこそのものだと思います。

 

当分は両方を行き来する形になるかなと思います

――『ドライブ・マイ・カー』は濱口さんにとって商業映画2作目ですが、商業映画という枠組みは強く意識されるものですか。

濱口 意識はしています。予算が大きいとできることは増えていきますがそのぶん冒険がしづらくなる、という面は間違いなくある。ただ、大勢のスタッフがそれぞれの能力を持ち寄ってスクリーンを埋めていってくれる贅沢さは商業映画でしかできないことでもある。それは相米慎二の映画を見ていて感じるところでもあります。

――濱口さんは学生時代からインディペンデント映画を数々手がけてきたわけですが、『ドライブ・マイ・カー』では、『寝ても覚めても』以上にこれまでの濱口映画をつくってきた要素がぎっしりと詰まっているような感触を覚えました。商業映画2作目ということで、今回はより自由にやれたなという感触はあるでしょうか。

濱口 『寝ても覚めても』を作り、商業映画ではこれだけのことができる、一方でこういうことはしづらい、という基準がわかってきた。逆にインディペンデントに近い規模で作った『偶然と想像』(21)では、特に役者との準備の面でなるほどこうすればより短い時間でこういうことができる、とかここは絶対に時間をかけなくてはいけないんだ、という感覚をより精緻なものにできた。『ドライブ・マイ・カー』では両者の要素を総合していく感じがありました。今回は『寝ても覚めても』とほとんど同じ座組で、特に山本(晃久)さんと定井(勇二)さんという二人のプロデューサーは、僕の映画の作り方に非常な理解がある人たち。『寝ても覚めても』で何がどこまでできるかを全員共有できたので、そこから先さらに何ができるかを、みんなでやってみたという感じです。

2021.08.26(木)
文=月永理絵