BLとは「Boys Love」の略。今やグローバルにも通用する和製英語である「BL」――美しいオトコたちの禁断の愛の世界は、腐女子にとっては蜜より甘い……。

 この新連載では、長年にわたるNYとサンフランシスコ、フィレンツェ、ロンドンでの生活で、はからずもBL的環境にどっぷり浸かった経験を持ち、欧米の事情に詳しい美術研究家・岩渕潤子さんが、西洋美術における絵画や彫刻をBLという視点から読み解きます。

 まず第1回は、BL好きには避けて通れない、お約束の萌え絵画「聖セバスチャン」。矢で射られ、苦悶する美青年の姿に、若き日の作家・三島由紀夫はときめき、みずからの「ヰタ・セクスアリス(ラテン語で性欲的生活を意味するvita sexualis)」を告白するに至った……三島は彼のどこに、なぜ、そんなに魅了されたのでしょうか!?

16世紀から女子に見せてはいけない絵

Guido Reni / san sebastiano / Palazzo Rosso所蔵

 ルネサンス期の芸術を語る際には欠かせないのが、16世紀に書かれた芸術家たちのゴシップ評伝、ジョルジョ・ヴァザーリの『画家・彫刻家・建築家列伝』。その中に、フラ・バルトロメオ(バッチョ・デッラ・ポルタ)が描いたセバスチャン殉教図(残念ながらこの作品は失われ、フィエゾレの教会にほぼ忠実な模写とされる絵画があるのみ。天使と共にセバスチャンが描かれている)の前で女性の信者が集まり、きゃーきゃー騒いだためにその絵が撤去されたという事件が記されている。

 16世紀後半にもなると、妄想をかき立てるおそれがあるので「聖セバスチャンを女子の目に触れさせてはいけない」という暗黙の掟ができていたらしいのだ。

 当時、絵画(その頃の絵といえばほとんどが宗教画だった)を見られる場所といえば、教会くらいのもの……。そして、結婚前の良家の子女がハダカの男性を見る機会などなかったわけである。そんな彼女たちにとって、聖セバスチャンの絵画がいかに刺激的なものだったか、というのは想像に難くない。

<次のページ> 三島由紀夫『仮面の告白』の衝撃

2013.06.01(土)