選挙というフィルターを通すと、なんでもない街並みに色彩が

 クマ対策は横に置き、旅本としてまず紹介したいのが常井健一『地方選』(KADOKAWA・2020年)だ。

 著者の常井さんは、政治分野における屈指のノンフィクション・ライターとして名高いだけでなく、「選挙ツーリズム」の提唱者でもある。選挙をやっている土地へ出かけては、そこで楽しもうというわけだ。

 『地方選』で取材した町長選・村長選はわずか5日間の短期決戦で、常井さんはそのあいだに選挙事務所を訪ねたり、候補者の演説に見に行ったりするのはもちろん、食堂で地場の食材に舌鼓を打ったり、地元の図書館で郷土史を調べたりする。だから本書は「選挙ツーリズム」の案内本としても読むことが出来る。

 ここに登場するのは、森進一が「何もない春です」と唄った襟裳岬のある北海道のえりも町や、衆院選では二階俊博に村民の9割が投票する和歌山県の北山村、「住みよい北朝鮮」こと大分県の姫島村などだ。

 なかなかそういう土地に何泊もすることはないだろう。

 しかし選挙はその動機になる。それになんでもない道路であっても、「二階俊博のおかげで出来た道」として見れば、写真を撮って「#旅したくなるフォト」「#二階好きな人と繋がりたい」などといったハッシュタグをたくさんつけてインスタにアップしたくなるだろう。

 選挙は日常を異化する。日頃、見慣れているものが別の見え方をするようになる。これは旅の本質にも通じることではないか。

 選挙はその土地が抱える葛藤や、隠れていた本音、人間関係を浮き上がらせる。常井さんは『地方選』で、そうしたものを取材することで、地方の実相を活写している。

 なお筆者は常井さんに話をうかがう機会があり、そのおり、『地方選』に出てくる「凄腕のウグイス嬢」について聞いた。

 常井さん曰く「私もびっくりしたのですが、同じ場所で聞いても、声質も、出てくるフレーズも、配慮も、他のウグイス嬢とはぜんぜん違います」(参考:文春オンライン公開記事)。

 日頃はうるさいだけに思える選挙カーのウグイス嬢の声も、選挙ツーリズムに出かけて耳をすませば、ひとつの芸として聴くことができるのに違いない。

【読むべき本 その②】
『地方選 無風王国の「変人」を追う』

常井健一/著
KADOKAWA 1,700円
「全国7市町村の“無風王国”の選挙戦いをルポした力作。土地にはその土地の力学があり、歴史があるということを選挙を通して見事に描いている。読み終えた後は非日常ともいえる選挙期間にその土地の風土を含め観戦旅行をする“選挙ツーリズム”に行きたくなることだろう」
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2020.12.04(金)
文=urabansea