ドラマ「わたし、定時で帰ります。」の仕事のできる上司役しかり、「10の秘密」の秘密を抱えた父親役しかり。近年の向井理さんは、言葉以外の佇まいで、豊かな表現をしているように見える。
「台詞で説明できるほうが楽なんですけどね(笑)。結局は、受け手がどう捉えるかがゴール。うまくいくこともあれば、意図していないふうに受け取られることもあります。
DV男のように、ある種ぶっ飛んだ役のほうが伝わりやすい。『10の秘密』のように敵味方が入れ替わるような物語は正解が見え過ぎてもいけないので難しかったですね」
役を演じるときに向井さんが参考にするのは、人の台詞なのだそうだ。
「『(彼は)凡庸な人でした』という台詞があれば、凡庸に見える男ということ。『切羽詰まった感じが伝わってきた』と相手に言われたら、切羽詰まったふうにふるまう必要がある。
人の台詞からキーワードをピックアップすると役の人物が見えてきます。だから、僕は台本通りに演じているだけなんです(笑)」
辛い稽古期間が、本番に生きる
そんな向井さんがコンスタントに挑戦しているのが舞台。これまでに三浦大輔、蓬莱竜太、いのうえひでのり、赤堀雅秋ら、注目の演出家とタッグを組み、2020年5月に倉持裕さん作・演出の舞台『リムジン』に出演する。
「片桐はいりさんに勧められて倉持さんの作品を観るようになりました。笑いのなかにダークなものを込めた、あのバランス感が好きです」
舞台は向井さんにとって、「やらなければいけないもの」。稽古期間を「どれだけ辛く過ごせるか」で本番の出来も変わるという。
「稽古は失敗が許される場所。いくらでも試せます。手垢のついた演技をそぎ落とす作業になりますし、自分が出ていない場面に立ち会って、ほかの出演者の方の芝居を俯瞰して見ることもできます。
僕にとって稽古場で過ごす1カ月はとても大事な意味を持っているし、その時間が嫌いじゃないんです」
本番前は、台詞を忘れ舞台上で頭が真っ白になる悪夢を見続け、胃が痛くなり、「なぜ、この仕事を受けたのだろう」と後悔する。でも、千秋楽の拍手を受けるとまたやりたくなる。その繰り返しなのだそうだ。
「会話劇は回数を重ねると、テンポよくなりすぎてしまう危険があるんです。ちゃんと初めての会話に見せる、そのさじ加減が難しい。
舞台をやったあとは、お芝居に対してすごく敏感になります。映像で違う役をやっても、間違いなく舞台の経験が生きる。
ただ、台詞覚えは極端に悪くなってしまうんです。本番期間中は台本をほぼ開くことなく1カ月間過ごすので、舞台直後に連続ドラマをやると、大量の台詞に毎回、痛い目に遭います(笑)」
俳優業は楽じゃない。でも、自分を追い込み極め続ける向井さんは、はたから見るとなんだか楽しそうだ。
向井 理(むかい おさむ)
1982年生まれ、神奈川県出身。2006年に俳優デビュー。10年に連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」(NHK)にて一躍人気に。主な出演映画に『いつまた、君と~何日君再来』(17)、『ザ・ファブル』(19)、ドラマ「わたし、定時で帰ります。」(19 TBS)、「10の秘密」(20 フジテレビ)など。「麒麟がくる」(NHK)に出演中。2020年4月18日(土)より「鉄の骨」(WOWOW)に出演。
舞台『リムジン』
工場経営者の男(向井理)とその妻(水川あさみ)が、小さな噓から窮地に追い込まれるブラック・コメディ。
作・演出 倉持裕
公演期間 2020年5月23日(土)~6月14日(日)
会場 下北沢本多劇場
※地方公演あり。
http://mo-plays.com/limousine/
Column
C&C インタビュー
今月のカルチャー最前線。一押しの映画や舞台などに登場する俳優にお話を聞いています。
2020.04.08(水)
文=黒瀬朋子
撮影=佐藤 亘
スタイリング=外山由香里
ヘア&メイクアップ=晋一朗(IKEDAYA TOKYO)