臨床心理士との対話から
浮かび上がる“真相”の痛み

今月のオススメ本
『ファーストラヴ』

家庭に問題があって家出した少女たちのドキュメンタリーなどにもインスパイアされたという本書。島本さんはなるべく現実との整合性を持った物語にしたいと、地方都市や関西方面にまで殺人事件の裁判の傍聴に出かけ、臨床心理士によるカウンセリングも体験した。
島本理生 文藝春秋 1,600円

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 警視庁の調べでは、被害者と加害者が親族関係にある「親族間殺人」は、増加傾向にあるという。

「家庭はある意味、密室です。自分がされていることは何かおかしいと感じても、そういう環境に慣らされてしまうと、幼いころはもちろん、大人になってもなかなか言語化することができません。声を上げられないせいで肥大化していった癒えない傷というものに、もっと光を当てていきたいと思ったんですね」

 逮捕後に〈動機は自分でも分からないから見つけてほしいくらい〉と言って世間の耳目を集めた22歳の女子大生・聖山環菜(ひじりやまかんな)。父親を殺した本当の動機は? 母親が娘をかばおうとしない理由は? 自分のことを「噓つき」だという環菜は、どんなふうに育ってきた女性なのか? 渦巻く疑問に追い立てられ、のめり込むように読み進んでしまう、島本理生さんの『ファーストラヴ』。

 語り手を務める臨床心理士の真壁由紀(まかべゆき)は、環菜の半生を専門家の視点からまとめた本の執筆を依頼され、面会や手紙のやりとりを介して事件の真相へ迫ろうとする。

 だが実は、由紀自身も理解し合えない母との関係に悩んでいる。環菜の弁護人を務める由紀の義弟の庵野迦葉(あんのかしょう)は、実母からの虐待体験を持つ。

「間違った親を肯定し続けるということは自分を否定し続けることなんですよね。親が常に正しいわけではなく、自分にとって善良だとも限らない。親の呪縛から解放されるためには、当人の気づきが大事だというメッセージも込めました」

 環菜の周囲の男たちの行動には、明確な悪意はないように見える。

「確信犯的にやっているようにはしたくなかった。すると読者は『自分とは違う』と思ってしまうかもしれない。無自覚なうちに加害者になるケースを書きたかった」

 島本さんは本書で、事件を起こした当事者の心理を臨床心理の手法を用いて探っていき、それを法廷で明らかにするスタイルに初挑戦。

 だが、そうしたルポルタージュ風の面白さだけでなく、島本作品らしい、つかみどころのない恋愛のハラハラ感もしっかり堪能できる。

「由紀と迦葉は過去に何かあったのではないかと気になりますよね。物語の華として、これまで書いてきたようなちょっと危うい男女の関係を完全には捨てないでいこうと(笑)」

 思春期には恋愛だと思っていたものが、本当は恋愛と似て非なるものなのではないか。それが大きな鍵を握る、新境地的な作品だ。

写真=鈴木 心

島本理生(しまもと りお)

1983年東京都生まれ。2001年『シルエット』で群像新人文学賞優秀作を受賞。03年『リトル・バイ・リトル』で野間文芸新人賞、15年『Red』で島清恋愛文学賞受賞。著書に『ナラタージュ』『アンダスタンド・メイビー』『夏の裁断』『イノセント』『わたしたちは銀のフォークと薬を手にして』など多数。

Column

BOOKS INTERVIEW 本の本音

純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!

2018.08.06(月)
文=三浦天紗子

CREA 2018年7月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

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