喜寿を迎えた
荒木経惟の大規模個展

1960年代から現在まで日本の写真表現を牽引し続ける、アラーキーこと荒木経惟の大規模個展。千点を超える写真群によって、荒木が作品の重要なテーマに据えてきた「生と死」の表現を浮き彫りにする。荒木経惟 《遊園の女》 2017

 アラーキーこと写真家・荒木経惟は今年、喜寿を迎えた。数字の上ではどっぷり老境に入っているわけだし、2009年に前立腺がんを患って以降は身体の調子が思わしくないこともしばしばの様子。それでも、持ち前のエネルギッシュな言動と旺盛な創作活動はとどまるところを知らない。

 今年は月イチ以上のペースで個展を開催し続けていく予定があり、しかもその多くは新作がベースとなっている。活動歴はすでに半世紀以上、写真集刊行点数は500冊を超える巨匠であるから、過去に好評を博した作品だけでいくらでも展示を構成できるはずなのだけど、荒木本人がそれをよしとはしない。自分が生きているかぎり、回顧展のような形式にはほとんど関心を示さないのだ。

 「写真がアタシの人生だし生活」と言い切る彼は、あなたがこの文章を読んでいる瞬間もきっと写真を撮り続けており、「見せないんだったら、撮らないのと同じだ」という揺るがぬ信念のもと、刻々と生まれ出る新作を、できるだけ新鮮なうちにお披露目せんとしている。その一環として開かれるのが、東京オペラシティ アートギャラリーでの「荒木経惟 写狂老人A」だ。

荒木経惟 《花百景》 2017

 広大なスペースと天井高を誇る同館いっぱいに荒木ワールドが展開されるさまは、壮観のひと言。どぎつい色合いが目に飛び込んでくる和装のヌードあり、モノクロに仕上げられた花の静物写真あり、近所を歩いて撮ったのであろう静かな街のスナップショットもあり。それら多彩な新作を中心にして、1960年代に自身がつくったスクラップブックなども並び、展示総数が千点超という驚きのボリュームになった。

 老境に至り枯淡の表現へ落ち着いたなんてことは、アラーキーにかぎってあるはずもなく、刺激の強い過激な写真も相変わらず多数含まれている。観る側も負けじと、生命力を漲らせて観覧に臨むべし。何しろタイトルにある通り、相手は「写狂老人」なのだから。

 このフレーズは、言葉遊びが得意な荒木による造語。発想の素は、江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎が自ら付けた「画狂老人卍」との呼称だ。北斎は70歳を過ぎた頃、90歳まで続ければ絵の奥義が見えそうだ、百歳を超えたら事物をあたかも生きているように描けるだろうと語り、さらなる精進を誓ったという。さすがは日本の、いや世界の美術史に名を残す先達は違うと感嘆するが、私たちの眼前にいる写狂老人も、いよいよ北斎と同じ域に達しつつある。その動向から目を離さぬようにしよう。

荒木経惟 《写狂老人A日記 2017.7.7》 2017

『荒木経惟 写狂老人A』
会場 東京オペラシティ アートギャラリー(東京・新宿)
会期 2017年7月8日(土)~9月3日(日)
料金 一般1,200円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
https://www.operacity.jp/ag

2017.07.30(日)
文=山内宏泰

CREA 2017年8月号
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この記事の掲載号

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