時代の空気を見事に
掬い取ったアーティスト
20世紀を代表するアーティストを一人、挙げよ。そう問われたら、一番人気はピカソか、マティスか。でもここは「いや、ジャコメッティだ!」と声を上げたい。
なぜなら彼こそが、最も時代と鋭く切り結んだ存在だから。アートは時代の産物であって、その時代の言葉にならぬ空気が否応なく反映される。20世紀を通して、彼ほど時代の空気を見事に掬い取った人はいない。
アルベルト・ジャコメッティは画家としても知られ、彼が描く肖像画は異様なまでの存在感を持つのだけれど、輪をかけて印象的なのは、だれも真似のできない独自の彫刻表現。針金のように細長い人物像、ヒラメよりも薄っぺらな頭部像、ときにはマッチ箱に入ってしまいそうなほどに小さい彫像。どれも、ひと目見たら忘れられないインパクトを観る側に残す。
なぜこんな奇妙な造形になるのか、不思議に思ってしまう。でも、ジャコメッティ本人としては、いたって真面目に制作をしていた。対象をより真に迫ったかたちで捉えようと、真摯に取り組んだ結果、こうしたかたちが出てきた。
右:アルベルト・ジャコメッティ 《ディエゴの胸像》 1954年 ブロンズ 豊田市美術館
絵画にしろ彫刻にしても、彼はこれと決めた対象を徹底的に、繰り返し見る。そうして、なんとか見たままに表現できないだろうかと模索し続ける。と、私たちが日常で触れる人間の姿とは大きく隔たった造形が現れ出てしまうのである。
1901年にスイスで生まれたジャコメッティは、美術を学んだのちに当時の芸術の中心地パリへ赴く。当初は、現実を超えた現実を表現に取り入れんとするシュルレアリスムの流れを汲んだ作品を手がけるも、1930年代になるとモデルを使った彫刻をつくり始める。そして第二次世界大戦後になると、針金のように細かったり平らだったりする人間像が、彼の手から生み出されるようになった。
ジャコメッティが表す人間は、微風にも負けて飛び去りそうだったり、ちょっとした刺激でポキリ折れてしまいそうだったり、内面など持ちようもないほどペラペラの外見だったり。それらは未曾有の戦禍のあと、人間の尊厳や存在そのものが不安にさらされている様子を端的かつ強烈に表しているように見える。
ジャコメッティの大規模個展が開催の運びとなり、代表作がごっそり海を渡ってやって来た。歪み変形された像の数々は、観る側にずしり重々しく響いてくるに違いない。21世紀を生きる私たちだって、ジャコメッティが感じ取ったのと同じ不安を、いまだ引きずっているように思うから。
『国立新美術館開館10周年 ジャコメッティ展』
会場 国立新美術館(東京・六本木)
会期 2017年6月14日(水)~9月4日(月)
料金 一般1,600円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
http://www.tbs.co.jp/giacometti2017
2017.06.24(土)
文=山内宏泰