「東京・春・音楽祭」で
四部作がついに完結

 現在、上野で開催中の「東京・春・音楽祭」。毎年3月中旬から約1カ月間かけて行われる、オぺラと歌曲とオーケストラと室内楽の祭典だ。

 この期間に東京文化会館をはじめ、東京国立博物館や国立西洋美術館、国立科学博物館や近隣の美術館は、すべて馨しい音楽に満たされたコンサートホールに変身する。

 実行委員長の鈴木幸一氏は「人々が激動の渦中にあっても生き生きと音楽祭を楽しんでいた」プラハの春音楽祭に触発されて、この壮大なクラシックのお祭りを上野で発起したという。2017年は記念すべき第1回目から数えて13年目に当たる。

 通称「ハルサイ」と呼ばれるこの音楽祭のハイライトは、国際的な歌手たちが勢ぞろいするオペラ上演(演奏会形式)だ。

トマス・コニエチュニー
1972年ポーランド・ウッチ生まれ。俳優、ディレクターとして活動後、フレデリック・ショパン音楽アカデミーで声楽を学び、その後ドレスデンの音楽大学に進み、97年にオペラデビューを果たす。98年にドヴォルザーク国際声楽コンクールで優勝。ウィーン国立歌劇場での『ニーベルングの指環』のアルベリヒ役でセンセーショナルな成功を収め、第一線のバス・バリトン歌手として世界各地で活躍する。

 2014年からスタートしたワーグナーの『ニーベルングの指環』は4年目の2017年で完結する。四部作の最後の作品『神々の黄昏』で、ニーベルング族の長で黄金を盗み出したアルベリヒを演じるのは、ヨーロッパでも急速に評価が上がっているバス・バリトン、トマス・コニエチュニーだ。

 過去にもこのシリーズでコニエチュニーはアルベリヒを演じたが、最近では他のプロダクションで「神々の長」の役ヴォータンを演じることが多い。この取材が行われたのは2016年ウィーン国立歌劇場の来日時で、コニエチュニーは『ワルキューレ』でヴォータンを演じていた。今やコニエチュニーの歌手としてのレパートリーは、アルベリヒからヴォータンに変わりつつあるのだ。

 「アルベリヒは長く歌ってきて、しばらくは私のメインの定番の役でしたから、大きな愛着があります。ただ、演劇的にとても声に負担をかける役でもあり、私としては未来を見通したときに、アルベリヒはフェイドアウトしていくべきだと思いました。オペラ上演でこの役を演じるのは2019年のメトロポリタン歌劇場との契約が最後です。しかし、この東京・春・音楽祭のようなコンチェルタンテ(演奏会形式)では、今後歌わないとは限りません」

2017.03.30(木)
文=小田島久恵
撮影=榎本麻美