ワーグナーのメッセージは
「救済者はつねに人間である」

俳優という異色のキャリア。他の歌手とも雰囲気が違う。普段は牧師さん(?)のような穏やかなたたずまい。

 ワーグナーの『ニーベルングの指輪』は上演するほうも聴くほうも大変なエネルギーを要する。これに生涯を投じたワーグナーの心労はいかほどのものであったか。常人のスケールすら逸脱した巨大な精神と妄執を感じずにはいられない。完結編『神々の黄昏』で作曲家が伝えたかったのはどういうことなのだろうか?

 「ワーグナーは『パルジファル』や他の作品でも同じことを言っていると思います。それは『人間にとって本物の救済をもたらすのは。神ではなく人間だ』ということです。『神々の黄昏』では、ドラマトゥルギー的にも音楽的にも一番複雑になって、『ラインの黄金』ではシンプルだったライトモティーフが複雑になって、規模も巨大になっていき、上演時間も四部作の中で一番長いのです。そしてそこには、神々が残した残骸の上に新しい世界を築くのは人間……というメッセージが込められていると思う。ここではじめて人間界の人たちが登場しますし、合唱も出てきますしね。大変複雑な物語が語られるので、ご覧になる方は準備をされたほうがいいかも知れません。楽しむために、簡単な知識を知っておくといいです」

 歌手で45歳、というのは青年時代のようなものだ。目の前で落ち着いて話をしているコニエチュニーは年齢よりももっと落ち着いていて、「古い魂」のようなものも感じさせる。父神のような役を演じていると、プライベートでの成熟もスピーディになるのだろうか。

 「色々な役の人間的側面を追究していくと、自然に精神も成熟していくのかも知れません。ポーランドでは役者に対して『リア王、マクベス、オセロを演じたベテランの俳優は現実に罪を犯すことはないであろう。彼らほど罰の恐ろしさを知るものはいないから』と言われているんです。私はまだそこまで老いたわけではないけれど……役によって人間的に成長して豊かになる、という経験はしてきたと思います。特にワーグナーの登場人物は作品の中で必ず成長しますからね」

 話し声もオペラと同様の低くて重みのある声で、母国語ではないドイツ語を流暢に操る。本拠地としているウィーン国立歌劇場では、機関誌に寄稿するなどの文筆活動もしているそうだ。「ヨーロッパの人間にとって桜の美しい季節に迎えていただけるのは嬉しい」との言葉も。

 4月の来日は、これから演じられる機会が少なくなるアルベリヒ役を目撃できる貴重な機会となる。4月のオペラは必見だ。

東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.8
『ニーベルングの指輪』第3日《神々の黄昏》

会場 東京文化会館 大ホール
日時 2017年4月1日(土) 15:00~
   2017年4月4日(火) 15:00~
http://www.tokyo-harusai.com/program/page_3995.html

東京・春・音楽祭
http://www.tokyo-harusai.com/

小田島久恵(おだしま ひさえ)
音楽ライター。クラシックを中心にオペラ、演劇、ダンス、映画に関する評論を執筆。歌手、ピアニスト、指揮者、オペラ演出家へのインタビュー多数。オペラの中のアンチ・フェミニズムを読み解いた著作『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)を2012年に発表。趣味はピアノ演奏とパワーストーン蒐集。

Column

小田島久恵のときめきクラシック道場

女性の美と知性を磨く秘儀のようなたしなみ……それはクラシック鑑賞! 音楽ライターの小田島久恵さんが、独自のミーハーな視点からクラシックの魅力を解説します。話題沸騰の公演、気になる旬の演奏家、そしてあの名曲の楽しみ方……。もう、ときめきが止まらない!

2017.03.30(木)
文=小田島久恵
撮影=榎本麻美